□読み切り
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ぐさり、ぐさり、奇妙な音を立てて尚響く。刺さったその先には血が流れている。滲み出ているその赤い液体は空気に触れると褐色に変わっていく。ぐさり、ぐさり、まだ響くその音。耳を塞ぎたくなるその音は途絶えることはなかった。音は一時間以上続いていた。


「なんで…なんでなの?なんでこんなにもの足りないのかな?」


手を真っ赤に染め上げ狂ったように既に死んでいる人間を短刀で刺している。


「皆、いなくなってよ。私を苦しませないでよ」


びちょ…
手には心臓が握られている。真っ赤に染まった心臓が―…。
既にこの部屋は血の臭いしかしない。回りにはごろごろと原型を留めていない死体が転がっている。切断された手足。首のない死体。えぐられた目玉。体の一部一部がばらばらに置かれている。目を覆いたくなる光景がそこにあった。


「恭…弥…会いたいよぉ…」



こんな汚れた私を受け入れてくれるかな?

醜い私をどう思っているかな?

人を楽しく殺す私は貴方の目にどんな風に写っているかな?


やっぱり、足りない…


手は赤く染まっているが、その手にポタリと一粒の雫が落ちた。その雫によって赤く染まった手は薄くなっていく。

ぽたり、ぽたり、瞼から落ちていくその涙はこの部屋にはもったいないくらい…


残酷に綺麗だった―――


「きょ…きょう…や…」


「何?またこんなに殺したの?」


「あ…恭弥…」


涙でぐちゃぐちゃになった顔。そんなのは気にしていない。会いたい人が今そこにいる。中途半端に薄められた血濡れた手をそっと彼の頬にあてる。彼はそれを受け取る。優しく包み込むように…


「君は綺麗なんだからそんな顔しないで」


「寂しかったんだから、仕方ないでしょう!バカ…!」


「寂しい思いにさせた僕が悪かったよ。泣くのはもうやめな」


そのままの君は綺麗だけど、、


血に濡れた君もまた綺麗だ――



「恭弥…私、足りないの。何でかわかる?」


もう片方の手で彼の頬に触れ包むような感じになる。彼の頬は赤い液体が現れる。それはとても憎らしく見えてしかたがなかった。


「足りない?一体なにが…」


ぐさり…
彼の肩に短刀が刺さっていた。肩からは赤い華を咲かせて短刀をから垂れていた。床に赤い水溜まりを作って…


「恭弥が足りない…足りないの!」


足りない、足りない!
そう言いながら床に崩れた。


「バカだね。僕も足りないよ。だから君に会いにきたんだ」


ズボッ―


短刀を抜きながらいった。その短刀からは血が滴り落ちていた。何故かそれが美しく見えた。


「恭…弥…?なにする……うっ…」


グサッ…


「足りないのは愛しかただよ。僕は君を愛することが分からない。だから足りない」


腹部からは夥しい(おびただしい)血が勢いよく流れていた。止まる気配は全くない。部屋に新たな血の匂いが広がった。そして新たに命が消えようとしている。


愛しい人の手によって――


「きょう…や……きょ…う……や…」


「ん、何?」


自分が今やっていることを余所に彼は最後の言葉かもしれないその言葉に耳を傾ける。



「mio affetto eternamente...」
ミオ アッフェット エテルナメンテ
(私の愛する人よ永遠に)


涙ながらにそう言って息を引き取った。死んでも尚、腹部からの血は流れ続けていた。回りには血の湖が出来上がっていた。その血は新鮮そのもので真紅の色だった。


赤は映える…
誰がこんな言葉を作ったのだろうか…
確かに赤は映える。とくに綺麗な人には残酷なほどにも…可憐に。



「こうするしかなかったんだよ。足りないだなんて言わなければこんなことにはならなかったんだ、どこまで君はバカなんだい?答えられる訳ないよね。君は…








足りないが故に血に呑まれていったんだからさ」








(雲雀さん、あの人は?)
(血に呑まれて消えていったよ)
(……そうですか)
(君も血に呑まれないようにしな)
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