短編小説

□ある男の不幸
1ページ/2ページ

昔々,ある男に不幸があったとさ。別に大切な人が死んだとか,大きな病気になったとかじゃない。ただ自分のたった1つの浅はかな発言のせいで,村中から白い目で見られてたのさ。
男には,人を傷つけた発言を反省する程の思慮がなかった。でも,開き直る程の度胸もなかったのさ。だから,ひたすらにこの不幸を嘆いた。

あんまりうるさく嘆くものだから,魔女が出てきて言ったのさ。

「あぁ,うるさい男。願いを叶えてやるから黙っておくれ。」
男は言ったとさ,
「馬鹿な口のせいで,俺は今こんなにも不幸だ。こんな口など話せなくなればいい」
「あぁ,そうかい」
魔女の合図で,男はそれきり口がきけなくなったとさ。

ところがだ,村人達は男からの謝罪がないものだから,ますます男を白い目で見るのさ。陰口まで言い出した。

男は頭を地に打ち付けてこの不幸を嘆いた。だからまた魔女が出てきて言ったのさ。

「あぁ,うるさい男。願いを叶えてやるから静かにしておくれ」
男は言ったとさ,
「この耳があるせいで,俺は村人の奴らの陰口を聞かなきゃならん。こんな耳ならいっそ聞こえなくなればいい」
「あぁ,そうかい」
魔女の合図を最後に男の耳は聞こえなくなってしまったとさ。

ところがだ,陰口は聞こえなくても,刺すような視線が男を襲うのだ。男は転げ回って嘆いたとさ。だから,三度魔女が出てきた。

「あぁ,うるさい男。願いを叶えてやるから静かにしておくれ」
だから男は言ったのさ。「俺はなんて不幸なんだ!この目があるせいで,村人の奴らの鋭い視線に晒されなきゃならんなんて。こんな目はいっそ見えなくなればいい」
「あぁ,そうかい」
それきり,男の世界は闇に包まれたとさ。
さてと,これでこの話はおしまい。めでたしめでたし。

……男?さあね,川にでも落ちて死んだかね。どのみち生きているうちに安息はないさ。彼は謝るということを知らないからね。もう聞こえないだろうよ。


Fin.
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ