短編小説
□泡沫の夢
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小さな小さな千夜(ちよ)は,物心ついた時から泥棒だった。
千夜のパパも泥棒だった。
千夜のママも泥棒だった。
千夜のおじさんもおばさんも,美人なお姉ちゃんも,まだ自分も小さいくせに大人ぶって,千夜の世話を焼きたがるお兄ちゃんも,みーんな泥棒だった。
だから,千夜は自分が泥棒であることに疑問を抱かなかった。近所のお友達にも,胸を張って「私は泥棒なのよ」と言っては,家族で泥棒に入った豪邸の様子や財宝について話して聞かせていた。
でも,自信たっぷりに手柄を自慢するのはまだ小さな小さな女の子。皆が皆,可愛い女の子の夢物語だと思っていた。
けれども,太陽がお隠れになって,お月様が空に昇られる頃,小さな千夜はママに手を引かれて大きなお屋敷に,本当に泥棒に入っていた。
「なんで千夜まで連れて行くんだ。足手まといじゃないか」
ふん!と鼻をならしお兄ちゃんが不機嫌に言うのを,ママがたしなめた。
「そんなこと言わないで。私達一族は代々泥棒の家系なのよ。だから将来大きくなった時のために,小さな内から現場に慣れさせるのはとても大切なことなの」
「それに逃げる時に家族連れだとカムフラージュになるからな」
あっはっはっ,と笑うパパをママはひとにらみして,千夜に目線を合わせて言った。
「分かっているわね,千夜。いつものように,ママ達から離れずに,静かにしているのよ」
「はぁい」
「千夜,おいで」
元気良く返事をした千夜をおじさんが呼んだ。駆けていくと,大きなごつごつとした腕で抱き上げてくれる。
「さあ千夜。見えるかい?あそこに見える大きなお屋敷が,今日の仕事場だよ。あれはマフィアのボスのお屋敷なんだ」
「まふぃあ?」
「そう,マフィア。悪いことをして,たくさんお金を稼いでるんだよ。だから,あのお屋敷には宝物がいっぱいあるんだ」
「へぇ,まふぃあのぼすには会えるかな?」
「ちょっと難しいかな」
おじさんは笑顔で千夜のふわふわの髪を撫でた。
けたたましく鳴るアラーム。
泥棒に入られやすいマフィアの豪邸。
マフィアの手下達はとても慣れている様子で,動きも素早かった。
皆あっという間に捕まった。パパやおじさんが抵抗したけれど,あっという間に皆ロープでぐるぐるに縛られてしまった。
ただ,小さな小さな千夜だけは,まだあまりにも幼く,暴れる様子がなかったので,手下の一人が抱き上げていた。
しばらくして,柔らかな金髪に,翡翠色の瞳の,細身で色素の薄い,何だか儚げなお兄さんが現れた。
「この人達?」
儚げなお兄さんは,ロープで縛られ,青ざめて震えている皆を一瞥して,柔らかなテノールで問いかけた。
「はい。これで全員のようです。ボス」
「ぼす?あなたがまふぃあのぼす?」
緊迫した空気を見事なまでにぶち壊して,千夜のすっとんきょうな高い声が響いた。
儚げなお兄さんは,手下に抱っこされていた千夜に初めて気が付いたようで,千夜に小さく笑って話しかけた。
「はじめまして小さな泥棒さん。僕がそのマフィアのボスだよ」
「はじめましてぼすさん。まふぃあは悪いことをしてるんですってね?悪いことはしちゃ駄目なんだよ」
鼻息も荒く,無鉄砲に,自信満々に話す千夜に対して,ボスは更に笑みを濃くして答えた。
「君もしているじゃあないか,小さな泥棒さん。泥棒は悪いことじゃあないのかな?」
「良い悪いは関係ないわ。これが私達一族の仕事だもん。」
「……同じだよ」
ボスは目を細めて答えた。目を細めただけなのに,何だか急に千夜はボスが怖くなって,思わず抱っこしている手下の服をぎゅっ,と掴んだ。
「同じだよ。泥棒さん。君が仕事だからと盗みを働くのと同じように,僕らも仕事だから,悪いこともするんだ。道徳や倫理は関係ないよ。仕事だからね。だから,君達も生きては帰さないよ。」
ボスの話は難しくてよく分からなかったけれど,最後だけは,小さな千夜にも理解できた。皆殺されてしまうんだ。
「どうしても,私達を逃してはくれないの?私達まだ何も盗んでないのに」