one day


ある日のコンビニ
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「ありがとーございましたー」



夜も更け人もまばらになった店内に、間延びした声が響く。

袋を片手に出ていくサラリーマンを見送って、俺は軽く息をついた。



近所のコンビニのバイトを始めて1ヶ月。

ようやくレジ打ちも様になってきた。

最近のコンビニは何でも扱ってるから、客として来る分には便利でいいんだけど、働く側としては覚えることも多くて。

思ってたよりも大変なんだよな、これが。



♪ピロピローン♪

「いらしゃいませー」



とはいえ、入口のチャイム音に、なかば反射的にセリフが口をついて出るあたり、俺もコンビニ店員として馴染んできたのかな。



(あ…あの人)



目を向けた先には、ちょうど入ってきたばかりのお客さん。

仕事帰りなのか、キレイにスーツを着こなした彼女は、うちの常連さんの一人だ。



バイトを始めるまでは思ってもみなかったんだけど、接客業というのは、意外と人を覚える。

コンビニみたいに不特定多数の人が、しかも大量に来る店なんて、絶対お客さんの見分けつかないと思ってたけど、そんなことはない。

俺はまだ1ヶ月だからなんとなく顔を覚えてる程度だけど、先輩に至っては、

この人の煙草の銘柄はあれだとか、

あの人はこの商品がお気に入りだとか、

この人は必ずおむすびをあっためるだとか、

結構事細かに覚えてる。

暇な時間には、ちょっと世間話もしたりしてさ。

思ってたより、コンビニもアットホームな場所だったらしい。



そんな感じで、俺が一方的に覚えてるだけなんだけど、彼女は週に数回、仕事帰りに立ち寄ってくれるお客さんだ。

たまたま俺のシフトと彼女のタイミングが合うらしくて、よく見かけるから、早いうちに顔も覚えてしまった。

お菓子の棚を整理しながら何気なく様子をうかがうと、立ち止まり、何やら考え込んでいる。

よくよく見ると、そこは春の新作デザートのコーナー。

手を伸ばしかけては考え、また一つ手にとっては考え、妙に真剣な様子に、思わず笑いがこぼれてしまった。



悩みに悩んだ末に選んだスイーツを手に、彼女がレジへ向かうのを見て、俺もカウンターへ入る。

“彼女はスイーツが好き”

毎回何かしらの甘いものを購入していくことから、俺の中のお客様メモにもしっかり記録されていた。



「730円になります」



会計をし、袋に商品を詰めていく。

彼女の今日のデザートは、ラズベリーソースのレアチーズケーキ。

発売されたばかりだけど売れ筋の商品で、この間俺も食べてみたけど確かに美味かった。



「このチーズケーキ」



詰め終わった袋を渡しながら言葉を紡ぐと、彼女が不思議そうに目をあげた。



「美味いっすよ。俺、おススメです」



少しちゃかしながら伝えると、彼女は一瞬きょとん、と瞬きをした後、くしゃっと笑顔になった。



「…じゃあ、楽しみに食べますね」



笑いまじりの声でそう言うと、軽く会釈をして彼女は店を出て行った。



♪ピロピローン♪

「あ、ありがとーございましたー」



少し間抜けにも聞こえるチャイム音が耳に届き、呆けていた俺は思い出したように声を出した。

不意の笑顔に、思わず心臓が大きく鳴ったのを誤魔化して。

それでも、脳裏に焼きついたそれを、何度も思い返す。



“笑った顔が可愛い”



俺のお客様メモには新たな情報が加わり、同時に彼女の来店が、急に待ち遠しくなった。

そんな、ある日のコンビニ。


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いつぞやのブルボンのCMみたく、彼らがバイトしてたら?って思ったら、出てきたネタ(笑)
オムニバス形式のシリーズを予定してます♪
ちなみに今回はりゅーちゃんイメージでした。




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