長編

□地上の灯 天上の舟
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現在坂本辰馬率いる快援隊は地球に近い火星の小惑星付近で物資の補給艦の到着を待っている

地球に近いのだからいっその事カンパニーごと地球に帰還した方が…とも思われるだろうが

大型艦の離着陸には莫大なコストが掛かる
艦のメンテナンスもつい先日行ったばかり、予算に余裕が無い訳ではないが、抑えられる処は抑えるのが企業の基本




「ああもう我慢出来んちや
陸奥、わしは温泉に浸かってくる。」

と言葉を残し執務室を勢いよく飛び出した
その言葉から然程経たずハッチから小型挺が飛び立って行った

ブー、ブー、ブー
けたたましい警報音と警報ランプが点滅する

「何事だ…まさか。」
陸奥が

「何者かがハッチを手動に切り替えた模様…」

「あっ、今小型艇が一隻飛び立たちました」

「陸奥さん、中岡さんどうしますか?」

「やっぱりあの馬鹿が
風呂と言ってもよもや風俗ではあるまいな。」

「陸奥よ、どうする…
誰かに追尾させるか?」

陸奥はここの所坂本が何かに悩んでいたのは気付いていた

「いや…いい。
頭が一人で動くとろくな事が無いのは何時もの事だ
多分通信は切っておろう
中岡、いつでも受信出来る様に引き継ぎ事項に頼む。」

「それと行き先は『熱海』じゃ。」




「ん、んっ…ああーっ」

ふぅーっ、やはり広い風呂は良い
艦の風呂も大きいがいまいち落ち着かない

艦は好きだが元来乗り物に弱い体質
艦内の風呂など猛烈な浮遊感で急に気分が悪くなり堪った物ではない

地に足を着けた環境での風呂は安らぎ感が違う
ましてや陽の光を浴びての露天は格別だ



「陸奥は怒っておるじゃろう
帰りに温泉饅頭でも土産に買って帰るとするかの…」

ここは保養惑星『熱海』
火星に近い小惑星で星自体が小さく植民地化はしていない

温泉が涌き出て太陽光も届き過ごしやすい星である為湯治場として利用されている


坂本は考えを纏めるのに環境を変えて一人になりたかった

先日取引を持ち掛けて来た商社に何か胡散臭い物を感じた
だがそこで偶然耳にした言葉が引っ掛かっていた


『さてさて…乗るべきか断るべきか』

カンパニー自体を考えたら損か得かのものさしで計れば良いが
今回はそれでは済まされない
確実に隊員達も巻き込んでしまう

一国の主としては隊員達の安全を最優先に考えねばならない

だが、知己の者の名を耳にしてしまった…

いつもはサングラスで隠しているとは言え表情の豊かな男だが
素顔を晒している今は一切の感情を読み取れない


ザブン
纏まらない考えに苛立ち湯の中に潜った

ガラッ
「見ろ、誰もいねーじゃねぇか
新八ー、今の内にひとっ風呂浴びちまうぞ。」

「待って下さいよ、銀さん
ショーの前にお風呂になんか入ったら汗でメイクが落ちちゃいますよ。」

「心配すんな、俺は顔に汗はかかねぇんだよ」

「なに女優みたいな事言ってんですか
後で西郷さんに怒られても僕は知りませんからね。」
露天風呂に銀時を残し新八は立ち去った

「いーじゃねぇか、折角来たんだから仕事だけっつーのは勿体ねぇよ。」

洗い場でざっぷりと身体を洗いいざ湯船に浸かろうとした瞬間

ザッパァー
「ぷっはーっ、うえっ、ゲーッホ、ゴホッ、ゴホッ…」

湯にも負けない癖のある黒髪の男が急に騒々しく湯の中から現れた

『うわっいい大人がはしゃいじゃって湯船に潜ってたよ
しかもむせちゃってるよ
やだねー酔っ払いか?
折角静かに入れると思ってたのに…あれっ?』

「ゲホッ…あー死ぬかと思ったぜよ
思いっきり鼻からお湯吸ってしもうた。」

おーい あれ知り合いだよ
こんなとこでこんな恥ずかしい事してる奴が知り合いって俺の方が気恥ずかしいんですけど

「金時…全部聞こえているちや。」

「あれっ、俺って気付いてたの

辰馬。」





「ほぅ…で、おんしら万事屋はそのかまっ娘倶楽部の出張ショーに駆り出されたっちうがか。」

「ああ、温泉地の出張ショーっつったらかなりの報酬もらえんだろ?
温泉もただで入れるし
ただママのレッスンは鬼の様に厳しけどな。」

「おんしの女装はさぞかし麗しかろうのう。」

「あったりめぇだろ、ぷりっぷりなキュートさに悩殺されちゃうよ。」

「あははははっ、残念じゃあ
もちっと時間があればおんしのショーも見られるんじゃがのう。」

一つ伸びをして辰馬は湯船の縁に腰かけた


「のう金時…」

「金時じゃねぇっつってんだろうが。」

「…おんしは万事屋の依頼を受ける時、チャイナさんや眼鏡くんが危ない目に遭うと分かったら
その依頼受けるがか?」

「危ない目ねぇ…
仕事はそりゃ面倒な事には関わりたくねぇが

いつの間にか巻き込まれちまってるんだよ
あいつらは止せって言っても聞きやしねぇし。」

「えい仲間を持ったのう。」

「お前んとこも良い仲間じゃねぇか。」

「ああ、えい仲間じゃ…」
辰馬の言葉の語尾に何と無く違和感を覚え
湯の中から辰馬を見上げる

鍛え込まれた筋肉質な身体は長い間鍛錬をしていないとは思えない程引き締まっている

同性でありながら銀時は思わず目を奪われてしまった


「あっ…なんじゃ金時、湯にあてられたがか?
おんしは肌が白いからのう
もう桜色じゃ。」

「うっ、うっせーよ。」
慌てて目を逸らす

「名残惜しいがわしはもう艦に戻らんばならんき。」
ざばっと辰馬が立ち上がる

「なぁ。」

「どうかしたがか金時。」
「また言わせんのかよ銀時だっつーの


お前が何に悩んでんのかは知らねぇが
お前にも頼れる仲間がいんだろ

お前の所は俺の所と違って損か得かも大事だけど

もっと大事なのは嘘か誠か…なんてぇの?
結局は侍魂っつうかてめぇの左胸が決めちまうんじゃねえ?
計りになんてかけられねぇ
魂ってやつが動かすんじゃねぇの?」



快援隊に戻る艇内にて辰馬はさっきの銀時の言葉を反芻していた

『相変わらず青臭い事を言いよる…』

だが自分も忘れてはいない

何の為に宇宙へ出たのか


青臭いと思われようと
仲間を巻き込んでも

自分が為すべき事を今更ながらあの男が指し示してくれた


銀時…


おんしは灯台じゃな


迷っても光が導いてくれる

わしはまた飛べる


何度でも


「あっ…陸奥か?
これから帰るき、そげに怒らんでもよかね
あっ、お土産買ったき機嫌直し…」


頭の声を聞き陸奥は迷いが晴れた事を悟った

何があったかは聞かずとも主の帰還にほっと胸をおろした


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