長編

□天上の舟 地上の灯
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快援隊の船内では隊員達が今日も各々の仕事を遂行している

快援隊の頭である坂本は先日の商談の書類を持ち陸奥の机の前で声を掛けた
「陸奥、この間江戸に輸送を頼みたいと行って来た天人の依頼じゃが…」

書類にサインする為、目は文面を走らせながら坂本の言葉に答える
「それはおんしが怪しいからと捨て置いたあれの事か?」

「そうじゃ、その依頼請けようと思うちょるんじゃが…」

予期せぬ言葉に陸奥は驚き書類にボタッと墨の滴を落とした

陸奥はこの依頼は断る物だと思っていた
いや、断ると確信していたからだ

ここ数日頭が何かに悩んでいた事は気付いていた
こっそり艦を離れ一人きりで考え事をして来たのも知っている

それはこの件の事だったのか?
この件はそれ程までの仕事か…?


「頭…この件は…」
「わかっちょる。」
陸奥の言葉に間髪を入れず遮り、普段の坂本では無い雰囲気を漂わせていた

「…じゃあ何故じゃ。
あんなあからさまに怪しげな仕事…何故請けるんじゃ。
わしらを納得させる理由があるんじゃろうな。」

陸奥が冷静に坂本に問う

「それは…」



「鬼兵隊…」
陸奥は不意に会談後の天人の言葉を思い出した様に口にした


坂本が小さくピクリと反応する

陸奥は『やはりか…』と思い小さく息を吐いた


「…聞こえて…いたがか?」
ゆっくりと陸奥に視線を向けながら問う
陸奥はまっすぐ坂本を見つめたままだ
「いや、たった今思い出したとこじゃ。」

会談を終えた天人がボソボソ話しているのを改めて思い出していた

あの時「…鬼…隊の…わ上殿…」

鬼兵隊…頭が攘夷活動をしていた頃行動を共にしていた高杉晋介が現在率いている攘夷過激派だ


あの時、天人からの依頼内容はアタッシュケースを江戸まで届ける事
中身は実験新薬であるという

それならば赤十字艦で高速運搬でもすれば良い
その方がはるかに安全で早い
カンパニーに依頼する理由等あって無いものではないか

だが奴等に言わせると新薬開発には莫大な費用と膨大な実験データが掛かるため産業スパイやそれを専門に狙う盗賊の標的になるらしい

怪しいのは依頼の内容だけでは無い
依頼の裏を取ろうと依頼主である製薬会社の調査をしていても
一向に会社の実態が知れない
それ処かこちらに妨害を入れて来る何らかの組織の影がチラつく
内部調査の報告からすると実在する会社では無い事が判明している

中身は実験新薬では無い別の何かか?
一体何を運ばせようと言うのだ

何だ

わざわざこの快援隊に依頼など…
罠に決まっている
あの天人達も自分達に聞こえる様に鬼兵隊と口にしたに決まっている

一つの結論に行き着き頭の顔を見据える

「これは…」
陸奥の考えが一つの方向に辿り着いたのを確信したように坂本が肯定する

「ああ…罠じゃ。」


解っていて何故、と言わんばかりに陸奥は坂本を見据える

「頭…ハッキリ言う
おんしの昔馴染みが罠に嵌めようとしているのが解っているのに
わしらを巻き込む気か?

快援隊はおんしの私設会社ではあるが
既に多くの人間が組織として動いている
おんしの大義に賛同して集まってきた仲間ぞ
今更その大義に反する真似はわしらにとっての裏切り行為と捉えるが…どうじゃ。」

陸奥の言葉はもっともである
だからこそ坂本は陸奥に信頼を寄せている

「確かに高杉はわしの昔の仲間じゃ
わしは戦争中に攘夷軍から抜けこの快援隊を率いて宇宙に飛んだ
地球人にも天人にも双方に利益をもたらし平和な世の中ば目指してじゃ
それは今も変わりはせん

今回の事もおんしらを裏切る行為では無いぞ

逆に捉えてみんか?
輸送する荷物は奴等が持っていて危険な物
少なくとも切り札にはなるろう。」

「だが、危険すぎる。」

「それが江戸に…地球に降りたらどうなる?
どれ程のモノかは知らんが少なくとも奴等の手元に置いては危険である程のもんじゃろ?
すぐにどうこう手出し出来る物でもあるまい。
わしらは地球と宇宙の為に動くんじゃ
むしろ大義に敵ってるろ?」




陸奥は暫し保留させてくれと部屋を出た

無理もない自分にとってもこれは一種の賭けだ
自分も散々悩んだ事、陸奥が時間をくれと言ったのも解る

この時坂本は自分一人で動いても構わないとさえ覚悟していた

どこかに光を見出だしていたのか
それとも…


高杉…おんしが何を企んでいるかは今は解らん
じゃがわしらに依頼する様に仕向けてきたのはおんしじゃろ?

それは心のどこかでまだ地球を…わしらを見限っていないと思っても良いんじゃろ?




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