記念日

□ひとひらの雪
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昔…何時だったか


誰かに聞いた事がある


嘘か本当か知らねぇが


その年最初の雪の一片を手にした奴は一つだけ何でも願い事が叶うって














俺と辰馬はある老婦人宅に呼ばれた


老婦人の息子は天人との戦で瀕死の大怪我を負った
俺達のよく知っている仲間の一人だった

頭に受けた怪我が原因で、もう長い事眠り続けて居たのは知っていた









「三日前…亡くなる前日、あの子がふと目を覚ましたんです…
驚きました…我が目を疑いながらもすぐに先生を呼びました。」


「寝たきりで筋力も落ちていると言うのに
皆の処へ戻るんだと言って聞かなくて

必死に押さえました。

あの細くなった身体のどこにそんな力が残っていたのかと
それ程皆さんの傍に行きたかったんでしょうね

あの子は自分がもう何年も眠ったままだった事や、
天人との戦が終わった事を知ると黙り込んで…

きっと記憶と時間を繋げる作業をしていたんでしょう
ゆっくり理解をして、
少しずつ受け止めていたんだと思います。」



「それから暫くして…母さん老けたな、と言って笑ったんです。

涙が止まりませんでした…
もう何年も眠ったままで自分の意思で動く事も無く、一言も喋らず、
それでも生き続けて欲しいという私のエゴの為に生かされていたと言ってもいいんです

ただあの子がもう一度、
たった一度でもいい
目を開けてくれたらと願った数年でした。」


「それからあの子は目を覚ましたばかりだと言うのに
楽しそうに話し続けていました。

特に坂田さんと坂本さん
二人とも掴み所が無いのに、なぜか惹かれるものがあって吸い寄せられる

傍に行くと不思議な安心感があったと。」


「息子は余程お二人の事を慕っていたんでしょうね。
お二人の話をするあの子の笑顔は私の一番よく知っている
戦に出る前、10代の頃とちっとも変わっていなかったんです。」


「疲れたから今日はもう寝ると
部屋を後にする私の背中に向かってありがとう…と
今まで心配を掛けた分、これからは俺が母さんの面倒を見るから、
じゃまた明日と言って眠りました。」


「また明日…は無かったんです。
次の日いつもの様にあの子の部屋に行ったら
冷たくなっていました…
とても幸せそうな顔で…

あの子の戦はやっと終わりました。
これから私はゆっくりと息子の死を受け入れていかなければなりません。


今日お二人に来て頂いたのは
あの子の慕っていたお二人に最期に会ってあげて欲しいと
息子にしてあげられる母の最後のプレゼントなんです。」









焼香を済ましそれから家を後にした



「冷えるのう金時。」


一足先に外に出ていた銀時はただ黙って空を見上げている














「まだ戦は終わってなかったんだな…」


「そう言うおんしはどうなんじゃ、白夜叉殿は。」


「スッキリ、サッパリ忘れたよ。」


「強がっちゃってぇ〜可愛いのう。」


そう言って辰馬は銀時の柔らかい髪に触れ頭を撫でてきた


「気色悪いんだよ、おいおい子供扱いですか?
ったく兄貴ウインド吹かせやがって…

それとも…あっ…」

頭を撫でていた右手が後頭部へ降り
そのままグイッと辰馬の右肩に引き寄せられる





辰馬の右肩に顔を埋める様に抱かれ
自分の頬の冷たさを知る


「おんしはなんでもかんでも独りで抱え込み過ぎなんちや。」


辰馬は抱え込んだ銀時の頭に軽く頬擦りする


「金時の匂いがする…」


「ばっ、馬鹿じゃねーの!
何してんだよ

てか金時じゃねーっつってんだよ
こんなとこ誰かに見られたら…」


「構わんちや、おなごならこのまましっぽり行く処だが
男同士じゃ誰も気にせん、
おまんは大事な親友じゃき。」


チクッと一瞬胸に痛みを感じた


「男同士だから余計に悪目立ちするだろーが!」

「ほうか? わしは気にせん。」


全くこの馬鹿には敵わねぇ


肩越しに空を見上げると重苦しい程の灰色の雲が辺りを暗くしていた


「なぁ辰馬ぁ 雪が来そうだな…」



そう言うと目を閉じ温かい肩に顔を埋める


「ああ…」
銀時の頭に優しくポンポンと手を弾ませ空を見上げる

心地良くも、言い様の無い思いに胸が詰まる時間


いたたまれなくなり辰馬から顔を背けた


「なぁ今日ってお前の誕生日じゃなかったっけ?」


「ははっ、そうじゃ忘れとったぜよ。」


いっそ今すぐにでも雪が降って
辺り一面が白くなればいい

そして俺達二人をこの白い世界に閉じ込めて
今だけは隠して欲しい


今だけは


そう願いを込め再び見上げた空から一片の雪が落ちて来た


そっと左手を翳すと掌に落ちてゆっくりと融けた


昔聞いた一片の雪の話をふと思い出す






俺は十分幸せだ


だから辰馬…


この一片をお前にやるよ


毎年最初の雪はお前にくれてやる







融けた雪の僅かな雫が残る左手を
辰馬の背中に回しぎゅっと外套を強く握った


「銀時お前はいつまでも変わるなよ。
お前はお前のままでいてくれ。」


耳の側で声が響く


「そんな事が願いか?」


「は? 何か言うたがか?」


「いや何も。」


ああ 変わらねぇよ
俺が変わらない事がお前へのプレゼントなら
 
 


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