記念日

□ホルスの奇跡
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新星爆発の煽りを受け磁気嵐の波に乗り目的地まで燃料が多少節約出来るとあって
快援隊内部は少しばかり空気が和んでいた
いつもは三隻平行しているが、一隻は物資補給の為現時点で時間にして半日離れている

坂本の乗る旗艦との合流は明日を予定していた


「頭! これを見てください!!」
通信室からのコールで辺りに緊張感が走る
「今センタースクリーンに映します」

「どうした、何かあったがか?」

「なんじゃあこりゃあ…」
艦の向かう先前方に未確認の巨大な質量を示す物体が認められた

その瞬間頭の指令が飛ぶ
「方向転換、面舵いっぱいじゃ
通信室、後方の艦にも急ぎ伝えろ」
「了解」


「この重力場はブラックホール…か?」
スクリーンに映し出された巨大な物質から目を離さす陸奥は頭である坂本に問う

「いや…ブラックホールじゃっと数値は無限大を示すがこれは数値が変動していく
急に現れたとこ…ホルスの目じゃろ…」

「ホルスの目だと? それは一体どんなものぞ。」
初めて聞く言葉と滅多に見せない坂本の緊張した一瞬の表情…他の隊員には気付かれ無いだろうが微妙な表情の変化を陸奥は見逃さなかった
言い知れぬ不安が募る


「さ迷う黒点と呼ばれる、ある意味物質宇宙と精神宇宙の境目じゃ
その空間を通った者の身体は魂と魄に分かれると言われちょる
魂は空を飛び、魄は地に着くつまり魂は身体から解き放たれ身体は抜け殻となり只命の終わりまで時を刻み続けるだけの存在となる
誰もこの空間を通って正気で生還した者はおらん。」
「魂と身体が別々…生きたまま死んでいると言う事か…
じゃがこの波から抜け出れば助かるのじゃろ?」


艦の軌道をモニターで見ていた坂本の口は重くなった
「そうだ、だが…」

「頭、舵が利きません
後方艦からも重力域から出られないとの報告あり」

やはりと言う様子で頭を掻きながら
「重力の影響で既に捲き込まれてしまっちょる。
一隻の出力では脱出は難しいのう」
と陸奥の問いに答えた

「ではどうするのだ?」

「取り敢えず離れた一隻を重力の影響ギリギリのとこまで近付ける。」

素早く乗組員に指示を出し遠方に離れた中岡の艦に通信を繋ぐ

「えいか中岡、この磁場は黒点を中心に"く"の字に重力の影響を及ぼしちょる
この範囲には絶対入っちゃならんぞ
範囲外で艦に並走してくれ、そばに来たら艦を繋ぐ様小型挺を出す用意をしておいてくれ
そばに来たらわしが指示を出す、それまで各々の準備をしてくれ」

辰馬は陸奥に大まかな指示を出し、陸奥は補足する様に皆に各自の作業を伝えた

まず先頭に居る自分達の艦の乗組員を後方の艦に移動させる

後方の艦は出来るだけ坂本のいる旗艦に近付き脱出用の小型挺を受け入れる準備と、並走の中岡艦からの牽引を受け入れる準備をする事

その細かな指示を出す様に用意が整い次第陸奥は後方艦へ移る


「後は最後のこの一隻を陸奥艦、中岡艦で牽引する…
最悪の場合を考えてわしはこの船に残る。」

「最悪の場合とはなんじゃ」
キッと坂本の目を見据える

「艦の岐路が変わらなかった場合、この艦を爆発させて流れを変える…スイングバイじゃ」

「だったら遠隔操作で爆破させれば良いのではないのか?」

「中岡艦はここから約半日離れた所におる、合流するだけで高速星間移動しても少なくとも2時間弱じゃ
作業に時間がかかれば危険度は数倍にも跳ね上がる

最悪スイングバイ時の爆破に巻き込まれん様にこのいろは丸を移動させねばならん
陸奥艦は馬力が今一つじゃ脱出に失敗するかも知れん、予測不可能な分保険にこのいろは丸がおるんじゃ」
保険…さすがじゃな
この瞬時にそこまで計算し保険まで掛けるのかこの男は

「心配せんでもわしは脱出ポットで出られる、一応ライフセービングに宇宙服も着とくき大丈夫じゃろ」
そう言うとスポッとヘルメットを被って見せた

「馬鹿か何が大丈夫じゃ、おまんみたいなモジャモジャヘルメットが浮き上がって酸素も抜けるちや」
この局面でもおどけて見せるのも坂本の気遣いだと分かる

「大丈夫じゃ…わしにはまだやらねばならん事が山積みやき
必ず皆の元に戻って来る」
「ああ…まだわしらの大義は果たしとらん」
陸奥は少しだけ口角を上げ、坂本の気遣いに答えた

「陸奥さん、用意出来ました
急ぎカタパルトに来て下さい」
隊員の呼び掛けに陸奥は一言
「作業時間を短縮する様全力で対処する、艦で皆と待っている」
と坂本に言いカタパルトへ向かった
時間短縮は坂本の生命に大きく関わる事は十分承知している
だからこそ自分が頭に代わって後の事を取り仕切る

「頼んだぞ、陸奥」




中岡艦の合流迄に隊員達の移動も速やかに遂行され
難関だった艦の方向転換も終えていた
中岡艦の合流と共に坂本の合図で牽引作業が開始された

あと少しで重力域から抜けると言う所で急に大きな地磁気嵐の波が来た

陸奥艦が大きく引き戻され牽引艦も重力域に飲み込まれるギリギリまで引っ張られた
波はまだ勢いを弱めない

このままでは三隻共全滅は免れないのは明白だった

その時いろは丸の坂本から通信が入った
「いかん、このままだと三隻ともホルスの目に引き込まれる
陸奥、聞こえるがか?
わしは前に進みいろは丸を爆発させる、その爆風を利用して一気に重力域から脱出するんじゃ
好機は一度きりじゃ
牽引艦の中岡、おまんも聞いとったじゃろ
そっちは引き続き艦を引っ張ってくれ」

各艦からの通信には陸奥、中岡の声の他に隊員達の坂本を呼ぶ声が聞こえる

「大丈夫じゃ、皆聞こえとるがか?
わしらの大義はなんじゃ?
利益を以て地球を…故郷を守る事じゃろ
わしの命と引き換えで皆が大義を果たしてくれるなら安いもんじゃ

じゃがわしもまだまだやりたい事がある
こんな事では死ねんぜよ」

坂本の言葉に全員が無事を祈り、生還を信じる

「後は頼んだぞ、陸奥」

「…了解した」

陸奥の返答を聞き艦の舳先を黒点に向ける

さあて行くかの…
わしにはまだやる事もある
そして還りたい場所もある
あいつとの約束だからな
こんな所ではまだ終われない
脳裡には昔約束した人物の顔が浮かんでいた


いろは丸が黒点へ向けて前進し、数キロ離れた所で坂本からの通信は途絶えた



と、同時に閃光
『来る』
後方から爆風が来る所で陸奥が
「全力前進!」と号令をかけた



爆風に押された衝撃で重力域から離れ脱出に成功した
二隻は坂本へ向けて通信をし続けた
「頭は? 頭はどうなっておる」

「目標…消失しました…」
「なっ…」
一瞬言葉を失った
「脱出ポットはどうだ、小型挺の影は拾えんがか?」双方の指令部、通信室では同じ様な会話がされていた
「駄目です、半径500キロ内熱反応を示す物はレーダーで確認出来ません…」

強く拳を握り締めた陸奥の表情は笠に隠れて見えなかった

「頭あぁぁっ」
乗組員達の慟哭が響く

大義を貫くのは自分達の役目、それは頭を失っても変わらない自分達の道である
今回の事も頭が一人犠牲になったがそれも大義の為だと皆が知っている
それは坂本辰馬と言う男が命を掛けて隊員達に託した思い

遠くに見えるいろは丸の爆発の火花がどんどん小さくなり跡形も無く暗闇に飲み込まれていった

坂本の姿も…








***



「銀ちゃん…これってデジャブアルか?」

一仕事を終え、万事屋の事務所兼社長の銀時の自宅に戻った三人が目にしたのは
かつて銀時の旧知の友が遠方より来た時と全く同じ光景だった

スナック『お登勢』の周りにはわいわいと野次馬が集まり、二階の万事屋を見上げていた

あの時と違うのはまだ真選組が到着していないのと
銀時が記憶をなくしていないと言う事だった

「銀さん…あの宇宙船に快援隊ってステッカー貼ってますよ
あの人ですよね、こんなお宅訪問する人あの人しかいませんよね。」


銀時は走り出し万事屋の自室に刺さった小型挺に拳を打ち付け中に居るであろう人物に怒鳴った
「このヤロー、今度は何しに来やがった。
毎度毎度人ん家壊さねえと来れねーのかよ。」
ドンドンドンドン

「こぉら馬鹿モジャ出てきやがれ。」
ドンドンドンドン
操縦席で気を失っていた人物が目覚める

「ここはどこじゃ?ホルスの目は? 」
操縦席が開き中からキョロキョロと
宇宙服のフルフェイスヘルメットを被った奴が現れた
「あいだだだだっ」
銀時がぐいぐいとヘルメットを外そうとして首を締め上げる
「苦しい、誰じゃ引っ張るのは…おわっ金時!?」
思わず銀時に抱きつく
フルフェイスのヘルメットが銀時の顎にクリーンヒットし銀時は軽く気を失った
「会いたかったぜよー、生きていたぜよー」
辰馬はぎゅうぎゅうと銀時を抱きしめ何度も叫んでいた

生きて還りたい場所
生きて会いたい人

爆発の瞬間目映い閃光の中脳裡に浮かんでいたのは…
言う迄もない




ホルスの奇跡









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