短編

□紫陽花
1ページ/1ページ





滅入る…



どうもこう毎日毎日雨が続くと自分に黴が生えてるんじゃないかと錯覚さえしてくる


シトシトと止まない雨音にうんざりし、灰色に霞む窓の外を眺める
軒下の紫陽花がやけに鮮やかに眼に映る


だがこの雨はあの時の二人の熱を教えてはくれない






土砂降りの雨を脳天から受け
頬を伝うまでの間に僅かに熱を持ち流れる程に蒸気しきった躰


己の中で渦巻く獣を宥めようと荒い息を整えながら
叩き付ける様な雨を身体で受け止める


今日もまた多くの仲間が死んでいった

攘夷軍は皆が皆腕に覚えのある者達では無い
国を護りたいと志願した思想家や文の者も居る

度重なる戦の中で負傷し、必死で止めるのも聞かずそれでも傷付いた身体で戦場に出て行く者もいる

自国に対し希望や理想を持った眩しく光を放つ瞳、
その一途故危なげな光に不安を覚えた事も少なくない



俺はまた守れなかった

止められなかった

だが人で在ろうと天人で在ろうと自分は多くの命を奪った

斬っても斬っても
この国は変わらない

俺は一体何をしているんだろう
いつまでこの戦は続くのだろう

こんな事考えてはイケナイ
考え出したら迷い出したらもう抜け出せなくなってしまう

いや、抜け出せないと考える時点で既に迷路に迷い込んでいるのではないか…?
駄目だ駄目だ
ここで疑問を感じては駄目だ
ここから一歩も動けなくなってしま…う…


…ぉぃ…おい…おい!」

両頬を挟む様に叩かれはっと我に帰る

温かさを感じていた筈の雨が冷たい

「…辰…馬?」

辰馬の大きな手が優しく銀時の頭を包んでいく

「こんな雨の中で何ほげてるんじゃ
すっかり濡れ鼠さんになってるじゃなかが
さっ、ヅラ達の所へ戻ろう…」

辰馬にさあ、と促されるが足が前に動かない


「どうした銀時…歩き方を忘れたがか?
雨に打たれて熱が出てきたんじゃろ急ぎ戻るぞ。」

「……。」

「こうして居てもおんしの熱がどんどん上がるだけやき
こん雨ん中ちっと我慢してわしにおぶられろ。」

「大丈夫だ、歩ける…」
一歩を踏み出そうとした瞬間目眩に襲われ咄嗟に辰馬に抱き抱えられる

「無理じゃこげに熱があるろう
この先10分程の山の中に東屋があった筈…
わしがおぶって行くき、ちっと我慢しちょれ。」

無理矢理銀時を背中に乗せ足早に歩き出す
辰馬の歩く振動が伝わる
自分が生きている事、相手も生きている事を実感する
人の温かさを辰馬の広い背中で感じた途端、意識が途切れていく感覚に飲まれていった




*****


パチパチと音が聞こえてくる

何かが燃えている…

僅かに開いた目が見知らぬ景色を認識しパッと見開かれる

ここは…何処だ?

「目が覚めたがか?銀時。」

「ん…?ああ…此処は?」

重い頭で部屋を見渡し、民家である事を知る
「此処は…家か?
家の人達は居ないの…か…」
ふと襖の開いた隣の部屋に眼がいく
仏前に二組の布団…
横になっている老人が二人


「ああ…天人にやられたんじゃろ
この家の主夫婦らしい…紫陽花の下で…外の軒先で二人寄り添う様に倒れてちょった。」

仏壇には線香と蝋燭、紫陽花の切り花が手向けられていた

「あれはお前が…?」

「あっはっはっ、勝手に家に上がり込んで休ましてもらっちょる
せめてもの礼じゃ。」

俺が寝ている間にこの老夫婦の遺体も家の中に運んだのか

この激戦極地の中にあっても人間としての当たり前の感覚を忘れない
銀時はこの男の揺るぎ無い芯の強さ大きさを改めて感じていた




二人で慎ましやかに暮らしていたんだろう
質素な家の中は主夫婦の暮らし振りが窺える
戦さえなければまだ二人寄り添って天寿を全うしてたのかも知れない


戦さえなければ


「おい銀時。」

辰馬の手が銀時の顔に伸びた
そっと指が唇をなぞり親指で血を拭う
知らぬ内に唇を噛み締めていたのか

「今はえいじゃろうが後からぼんぼん腫れてくるきに…。」


じっと唇を見つめる辰馬の視線の熱さに
胸にツキ…っと痛みが走った
甘く痺れるような痛みに飲み込まれそうになる

無意識の内に頬に添えられた辰馬の手に己の手を重ね大きな掌に唇を寄せていた
「銀時…?」

声を掛けられた瞬間我に帰り顔を見られない様背けた

今俺は何をした?

どんな顔をしていた…?

こいつにどんな表情を見られたんだ

そう思ったら居ても立ってもいられ無かった

羞恥で身体が震える


ギッ…と床が軋み辰馬が側から消える気配がした

呆れられても仕方無い
自分の行動に自分でも驚いているのだから

今だけは…今だけは顔を見られたくない


「また熱が上がってきたのう。
さっきはびっくりする程手が熱かったぜよ。」

そっと銀時の額に固く絞った手拭いを乗せた

ひんやりと心地好い

何事も無かった様に辰馬が話しかける

いや…あったからか…

「のう銀時…一人で何でも抱え込むなちや
わしもヅラも高杉もおんしの側にいるき。」

「おんしは皆から白夜叉と頼られ過ぎちょる。」

「頼られるのはおめーも一緒だろうが。」

「あっはっはっそう見えるがか?

金時…」

「銀時だっつーの。」

「今日逝った奴等も皆おんしに未来を託していった

この国を護れっちゅう事じゃなか

生きて…生き延びてこの国の行方を見届けてくれっちゅう事じゃ。」

「…。」

「皆わかっちょるんじゃ
自分の為でも無く、国の為でも無く
おんしが仲間の為だけに命を張っちゅう事。」


「やき、おんしはもっとわしに甘えてもええき
本当は甘えん坊さんの癖にぃ。」

「はあっ!? ばっかじゃねーの!?
また兄貴ウインド吹かせますか
何ヘクトパスカルで吹かせますか。」

「あっはっはっはっ
まっこと可愛えいのう金時は。」

この時辰馬はいつもの銀時に戻ったと安堵した

銀時が折れる筈は無いと確信はあったが背負う物が多すぎる銀時の肩の荷を少しでも軽くしてやりたかった


「…なぁ辰馬、雨が止んだらじいさんとばあさん土に埋めてやらなきゃな。」

辰馬はふっと笑い
「ああ、そうじゃな
おんしはそれ迄たっぷり寝ちょれ。
雨が上がったら起こしてやるきに。」




人の住まなくなった家は朽ちるのが早い
だが生命力の強い植物は大地にしっかりと根を張って残るだろう
紫陽花ならば尚更だな


あの軒先の紫陽花は今年も鮮やかに咲いているだろう
静かに眠る魂の分も




[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ