短編

□潮の香
1ページ/1ページ






夏の夜の海岸は昼間の太陽の熱さも賑やかさも何も無かったかの様に静かでどこか切ない


『昼間のばか騒ぎしてた浜辺とまるで別世界だな』

波の音と引き潮に擦れる砂の音が穏やかに辺りを包み込む


海の家から繁忙期で人手が足りず手伝って欲しいと依頼が来た
この不景気なご時世、報酬は勿論三食寝泊まり付きの仕事なんて有り難い



適当に砂浜に腰を下ろし目を閉じ暫し波の音に身を委ねた


海を渡る風が昼間の焼ける様な暑さで火照った体を心地好く冷ましてくれる



「おー金時、こんな所に居ったがかや?」

「金時じゃねぇっつーの。」
さくさくと音を立てながら砂浜を近付いて来たのは今回の依頼主の坂本辰馬だ

サイドビジネスに海の家なんてこいつらしい
下心までミエミエだっつーの


「何じゃわしは邪魔だったがか?」

「いや…いいんじゃね?
俺一人で砂浜貸し切り状態じゃ勿体無ぇしな。」

「ほいじゃ隣に居てもえいか?」

「珍しいな、お前が断り入れてくるなんて」

「おんしが一人になりたいんじゃなかろうかと思ったき
聞いてみただけじゃ。」

「別に一人になりたかった訳じゃねぇよ。
ちょっと涼みに来ただけだ。」

「ほぅか? ん。」
よく冷えたビールの缶を手渡し辰馬は隣に腰を下ろした

「ああ、サンキュ。」

「…ぷはっ、酒は日本酒に限るが夏の海辺にはビールが合うな。」

「昼間じゃビールは水代わりみたいなもんだしな。
汗かいてりゃいくら飲んでも酔った気しねぇし。」
プシッと缶を開けゴクゴクと喉に流す

「なんじゃやっぱりいちご牛乳の方が良かったか?」
「んー…んな訳じゃねぇよ。」



「のう、金時」
「銀時ってんだろ、バーカ。」
おもむろに口を開いたが即座に銀時に訂正される

「あっはっはっはっ、そうだったかのう。」

「最初っからそうだっつーの。
砂かけられてぇの?
それとも砂に埋められてぇの?
砂虫呼んで来ようか?ええ?」

「はっはっはっはっ、相変わらず容赦ないのう金時は。」

けっ、と吐き捨て銀時は月夜に照らされる海を見ながらさっきの言葉の続きを問う

「…で? 今何言いかけたんだよ。」

「んあ? ああ…」


「夏はずーっとこの風景が続けばえいのう。」


その少ない言葉だが何を言いたいかは伝わってくる

「ああ…そうだな。」
この言葉を最後に二人は黙り込んだ


二人の脳裏には過去が駆け巡っていたのか
それともこれからの未来を思っていたのか


ただゆく夏の一夜は静かに

二人は潮の香りが染み込むまでその場で佇んでいた




[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ