短編

□白雨
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「先生ー。」
高い位置で結った髪を揺らせながら少年が走ってきた

彼は少し息を弾ませ
「先生、銀時が庭から出て行きました
探しに行きますか?」
と一息に言った

「ありがとう、小太郎
そうですね…銀時なら大丈夫だと思いますが…

もうすぐ雨が来そうですね…
庭にいる皆に中へ入る様伝えておいてください。」

ゆっくりと文机から立ち上がり
家人に幾つかの用を告げ、少し出てくると言い家を出た


行き先の見当はついていた


あの子は寂しがり屋の癖に人といる事が苦手で
大勢の中にいると自分の立ち位置が判らなくなるのだろう
今まで一人で居た分、今の自分の感情の起伏に自分自身がどうして良いのか持て余しているのだろう


肩先に粒が落ちた
『おや…降り始めましたね。』


赤子であれば癇癪を起こして泣き叫ぶのだろうが
泣く事も知らずに…泣く場所も持たずに一人で生きてきた

鬼と呼ばれて…

今のこの景色の様に雨が地面から白煙を上げ靄を作り足元の心許ない目の前の物しか見えない中で生きてきたのだ

暫く歩くと小高い丘に出た
一本松の樹の枝に白い影が色濃く見える


「松陽…」
少年が自分を探しに来た人物に気付きその名を呟いた

「やはりここに居たんですね、随分雨に濡れましたね。」

「……」



どの位であろうか、気が付くと夕立は上がっていた

木の下には雨にすっかり濡れた松陽が待っていた
ふと見上げた松陽が自分に優しく微笑みかける

慌てて視線を逸らした目の先には以前よりはっきりと輪郭を持って景色が目に焼き付いてきた

世界はこんなにも鮮やかで温かい
トクトクと胸の鼓動が…自分の心臓が動いている事に気付く

「なぁ松陽…」
ぽそっと名を呼ぶ
「なんですか? 銀時。」
「こんな雨初めてだ…」

「そうですね…私もこんな雨上がりは初めてです。」

「ふーん、先生って呼ばれてても案外知らない事があるんだな。」

「ふふっ そうですね…じゃあ銀時と一緒に学んでいきましょう。」

そう言い手を差し出した
その手が銀時の心を融かした


自分を探してくれる人がいる
一緒に雨に濡れてくれる人がいる

自分に手を指し伸ばしてくれる人がいる…


頬を温かい物が伝う
驚きに目を見開いた
自分にも熱いものが流れるのだと…

袖でぐいと流れた雫を拭い樹から降りた

差し出された手の元に近付く

銀時の目の高さに膝を折り
「こんなに濡れて…風邪をひいてしまいますね。」
懐から手拭いを出しわしわしと髪を拭いてくれた
その手が何とも心地好い

「帰りましょう、風呂を炊いてもらっています一緒に温まりましょう。」

銀時の手を取り家路へ向かう


「そうそう銀時…今の様な夕立の事を白雨とも言うんですよ。」


雨と一緒に胸にあった不安が洗い流された
かわりに温かい大きな存在が自分を包み込んでくれている事を伝わる手から感じていた



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