短編

□茜に染まる
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「ふう…こん峠ば下ったとこがヅラ達の居る居留地じゃ。」
峠を登り切った所で辰馬が後ろの銀時に向かって声を掛けた

「ハァ…ハァ悪ぃ…ちょっと…疲れた」
青白い顔で息があがっているのは銀時

風邪をこじらせ熱のまだ下がりきらない身体で次の戦場になるであろう場所へと移動していたのだ

「無理せんでもええ、わしと二人だけじゃき休み休み行くぜよ。」

辰馬の言葉に安堵し丁度良い木陰を見付け腰を下ろす
立てた膝を抱えうずくまる様に身を丸くした

「わしは水筒の水替えてくるき、冷たい方がよかじゃろ。」

ハァハァと肩で息をつく銀時は僅かに頷いた


身体が思う様に動かないのは下がりきらない熱だけのせいではない


頭と心で延々と答えの出ない問答をグルグルと繰り返していた


問い掛けるのは心
悩むのは頭
解放されたいのは心
理性を働かせるのは頭
苦しいのは心

張り裂けそうに痛みを訴える心

自分は今何から解放されたくて
何を悩んでいて
何が苦しくて
でも何故理性を働かせなきゃいけない…
熱で参っているだけだ
判っているそれは…

だがこんな状況にいてそれでも理性を働かせなきゃいけないなんて馬鹿げている
でも苦しい息が詰まる…



葛藤をよそに辰馬の手がくしゃりと自分の頭の上に置かれた

「見てみい、金時。」

不意に置かれた辰馬の手にびくりとし
少し間を置いて俯いていた顔を上げた


辺りは既に陽が傾き空の色は青から雲の白を通し夕焼けへと変わり始めていた

「夕焼けがこげに綺麗だったのすーっかり忘れちょったき。」

眩しい…
「ああ…そうだな…」
本当に忘れていた

そこには子供の頃見ていたのと同じ様に夕焼けはあった

夕空がどこか人間を其々のどこかに帰らなきゃと思わせるのは
幼い頃からの習慣だからだろう
今は帰る場所なんか無い

だが夕空の美しさに心が震えるのは遺伝子の為せる業なのか


瞬きをしている間にも刻々と色を変えていくその空は圧倒的な眩しさと共に懐かしさと胸に迫る痛みを持って辺り一面を包み込んでいた

言葉はなくても今生きて此処に居られる事が全てなのだと思った

悩みも葛藤も生きていく上ではこの風景の様に当たり前の事で
悩める事が普通の幸せなのだと心も頭も納得したのか身体が軽くなった気がした
すぐ横に居て自分の頭を抱える様にしている男が悩みの原因

この空をこの男と眺められて良かった
同じ物を見
同じ時間を迎えられ
同じ夕焼けに照らされていた








企画サイト『白椿』様提出


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