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□コペルニクスの答えを求めて
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コペルニクスの答えを求めて
田名部は空を見上げていた。
パイロットスーツを着て、宇宙船の上に突っ立ったまま、もう何分も動いてない。
彼女は口うるさく突っかかってくるわりに普段からどこか抜けていた。
「タナベ」
田名部はビックリするでもなく、ゆっくりこちらを向く。
「何してんだ?」
ハチマキは田名部の方へぽん、と飛んでいった。
「空を、見てたんです」
黙って田名部を見ていると、彼女は手を空に翳した。
そして親指と人差し指で丸をつくる。
その丸の中には地球がスッポリはまっている。
「……不思議だなぁ、って」
「何が?」
田名部は丸の中の地球をずっと見ていた。
そのまま視線を少しもずらさずに続ける。
「私は今、地球から何億キロも向こうの宇宙にいるんだなぁ」
「宇宙にいるのに、目の前にある星には手が届かないんだなぁ」
「今見えてる星は何億年も前の星なんだなぁ」
「私が死んだらやっぱり星になるのかなぁ」
「その時はどこかに流れ着いて、デブリとして回収されるのかなぁ」
「…って。」
真剣に話しているのか、単なる独り言の延長なのかハチマキにはわからなかった。
「……」
ぼんやりと空を見上げている田名部を、ハチマキはじっと見つめる。
はぁ、とため息をついて同じように空を見上げた。
「空だとか、時間だとか、生だとか、死だとか、そんなんが分からないから……分からないからこそ、人は空を見上げるんじゃねえか?」
田名部は手を下ろし、初めてハチマキの方を向いた。
ヘルメット越しだから顔こそ分からないが、真摯に話を聞いていることだけは分かった。
彼女はいつもそうだから。
ムキになりやすい代わりに、ひどく冷静に人の話を聞くのだ。
じっとして、顔や言葉から相手の感情を読み取る、赤ん坊的な部分が彼女には備わっている。
「それが分からないから人は空を目指してゆくんだと、俺は思う」
田名部は口を半開きにしていたが、言いたいことを言い終わったハチマキの方を見てくすりと笑った。
「なんだか、先輩が言うと胡散臭いです」
「なんだよ、せっかく人が真面目に答えてやったつうのによぉ」
形相を崩した田名部の、ケラケラという笑い声がヘルメットの中に響く。
ハチマキは照れているのを隠すかのように田名部のヘルメットをポンと叩いた。
「帰るぞ」
「はいっ!」
空には満天の星が輝いていて、それがひとつ流れていった。
fin...
08.11.03