その他

□同化実験
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「ディーヴァ。君に話がある」

 無邪気に笑っていたディーヴァの表情がすぐに固まる。冷たい部屋に響いた私の靴音と一面に咲いた青い薔薇は、彼女が世界から分離していることを誇張しているようだった。
 世界でたったひとりの双子。被験体。少女。人外。化け物。ひとりの中に二つの人格をもつ哀れな翼手。
 私は彼女の手を持ち、優しく包み込んだ。細くて、白くて、柔らかいディーヴァの手。その瞳に映る私の姿を見ながら、ゆっくりと口を開く。
 今、ディーヴァの中にはふたりの人格がいること。乖離状態に陥っていて、今の自分でない人間が自分の中にいること。もうひとりの彼女にも、感覚があり、感情があり、人格があり、記憶があるということ。もし彼女あるいはもうひとりの彼女が消えた場合、もう元には戻られないということ。だから、両方ともの彼女が何とかとどまっているべきであること。(これらには、もちろん嘘もある。)
 言い終わるよりも前にディーヴァは泣きじゃくっていた。私の手をきつく握ったまま、小さな肩を震わせて。

「けれど、治す手立てはある」

 諭す声は優しく響く。顔を上げた彼女の眼には恐怖とほんの僅かな希望の色が宿っていた。
 かわいい、あわれな、cD。だが必要なのは、残虐で、美しい、aD。

「君と彼女の人格を同化させるんだ。そうすれば」
「嫌!」

 そう言い放った彼女の腕は震え、涙が頬を伝って落ちていった。ぽとり。私の高いスーツに翼手の体液がシミをつくる。
 悲しいから泣くのか。泣くから悲しいのか。いや、違う。翼手の体液に何の意味がある?

「だって、その私じゃない私は、私がまっくろな部屋に閉じ込められている時に、殺してやれ、刺せ、って命令する声の人なんでしょ?」

 あぁそうだ。だからこそ同化せねばならないのだ。私は心の中で嗤った。
 ここでいよいよ実験材料を用いる。

「暴力的なことをするから、彼女が嫌いなんだろう?」
「うん」
「けれどもそれは、生きるため――血を得るためにすれば良い」
「でも、」
「小夜もそれを望んでいて、そうやって生きている」
「……小夜姉様も?」

 人として暮らしている双子の片割れ。彼女には温かいベッドも、綺麗な服も、若い男の使用人も用意されている。化け物のスティグマを捺された妹の姉。被験者。正気な人格を持った人間。
 そんな彼女に、お前はなれやしないのに。笑った顔はよく似ている。

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