その他

□blue blood
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「砂糖は入れますか?」
「いや、結構だ」


そうですか、と返事をするとソロモンはふたつのカップを机へ運んで行った。

アンシェルは紳士な態度で礼を言い、口へと運ぶ。
やけにゆっくりと喉へ通し、一口飲んだきり彼は手をつけなかった。

早く帰ってくれればいいのにとソロモンは心の中で呟いた。


「お前はディーヴァのシュヴァリエだ」


ソロモンの不意をついたようにアンシェルは突然言い放つ。


「当然ですよ、兄さん」


何を仰るのですか、と彼は愛想の良い笑みをアンシェルに向ける。

アンシェルは本棚から聖書を取り出した。
小さく、分厚い本。
瑠璃色と紺色を混ぜたようなその厚ぼったい色を、ソロモンは好きではなかった。


「ソロモン王、あなたの中に流れる血。それはディーヴァとの契約なのですよ?」


座っているソロモンの前に跪き、さも彼の方が上であるかのように振る舞う。


「それは高貴なる人にのみ与えられし青い血」


そして立ち上がり、ソロモンの後ろへ行って両手を肩に乗せる。


「何もかもがお前の手元にあると思うな」


いきなり彼はドスのきいた低い声で耳元で囁いた。


「この青き血は赤に交わることなど決してないのだ」


殺気と威圧感がひしひしと伝わってくる。


「えぇ、勿論ですよ」


ソロモンは彼の方を振り向き、またやんわりと笑顔を浮かべる。
白を切ったような笑みにアンシェルは眉をしかめる。

そして次は少しだけ声を柔らかくして言う。


「お前は赤き血を求められない。ディーヴァを母とする私たちには赦されない。それを求める事はつまり、死」
「……」


ソロモンは黙ってその言葉を聞いていた。

反論しても意味など無いということは知っている。


「だがお前は小夜を求めている」


――そうだ、だから苦しい

心の中の声を聞いたかのようにアンシェルがひどく穏やかに嗤った。


「なら、ソロモン王、あなたに知恵を授けましょうか?」


聖書をペラペラと捲り、列王記の頁を開ける。

皮肉だな、とソロモンは心の中で呟く。

――僕はソロモンであり、ソロモンではない


「ソロモン、彼は女を愛した。故に滅んだ」
「兄さ……」
「まぁ滅んだと言ってもその息子の時代なのだがな」


アンシェルはまた卑屈な笑みを浮かべる。
ソロモンは何のことだかわからない、と困ったような笑顔を貼り付けて余裕のあるふりをする。
その笑顔が気に喰わない、とばかりに彼は愚弄した目を向けた。


「気をつけることだ、ソロモン王」


聖書を置いて、彼は部屋を出て行った。
聖書は列王記の頁を開いたままだった。


ソロモン王の栄華と、神への裏切り。


――わかっている

冷え切ったダージリンを見つめて、自嘲した。




求めても、求めても、それは届く事のないものなのだ。
求めても、求めても、それは手に入れる事のできないものなのだ。

あの美しき赤い血。
それは青と交わることなど出来やしない。






fin...



08.10.12
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