その他
□この円舞曲が終わるまで
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着いた部屋も大きいものだった。ダンスホール専用なのだろうか。グランドピアノもある。
小夜が豪華な部屋に見とれていると、いつの間にかソロモンが上半身をパサリパサリと脱ぎだした。
「ちょ……ソロモン!何やって……」
耳まで真っ赤にして言う小夜に、ソロモンはくすりと笑う。
「踊ってくれないのなら、こうするまでです」
ソロモンと目が合う。小夜の心臓が高鳴る。彼が近寄ってくる。あまりに驚き、彼女は動けない。
「……なんてね」
小夜の目の前まで来ると、ソロモンが歩みを止めた。糸が切れたようにペタリと小夜は座り込んだ。ソロモンも床に座り、小夜の手を取る。申し訳なさそうに笑って、くしゃくしゃと頭を撫でた。
「あなたがあまりにも可愛い反応をするから」
「ひどい……!」
「小夜が僕と踊ってくれないのがいけないんです」
「だって……」
「これを見てください」
くるりとソロモンが後ろを向く。背中の真ん中には縦に二十センチ程の傷があった。最近できたものなのだろうか。傷口は赤茶色くなって、周りの肌はうっすらと赤くなっている。
「この傷、どうしたの……?」
「あなた達を助けた時に、翼手にやられたんです」
「翼手に……?」
「あの数でふたりを助けたんですよ?」
ふたりでも殲滅出来なかったのに、と彼女は思った。
「じゃあ、この傷の代償としてでいい。小夜、僕と踊っていただけませんか?」
「……断れるはずないじゃない」
ソロモンは安堵の笑みを浮かべる。小夜の手を取り、立ち上がらせる。
「少し待ってて」
床に脱ぎ捨てたままの服を拾い、丁寧に着直した。白く上品なスーツは彼に一番よく似合う。
レコードを取り出すと、蓄音機に置いた。針を乗せ、音楽が始まる。
「小夜」
リセのダンスパーティーのようにお互いの手を取り、彼らは踊り出した。とても軽快なワルツ。視線が絡み合う。
彼らは穏やかに笑う。おとぎ話の王子様とお姫様のように、幸せそうに。
小夜、ただ僕はあなたと敵としてでも翼手としてでもなく、ひとりのソロモン・ゴールドスミスとして、ひとりの音無小夜として生きたいのです。
だけどそれが許されないのなら、せめて今だけは――この円舞曲が終わるまでは、そうであって。
fin...
09.05.10