その他

□願わくば、もう一度
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「どんな夢、見てたんだ?」


 墓前で、カイがリクに訊いた。ジョージと小夜は花を忘れていた事に気づき、買いに行っていた。きっと、久しぶりの“家族水入らず”だなんだという事で、余計な気を回したのだろう。


「カイ兄ちゃん……」
「うなされてたって、小夜も言ってただろ?」


 コクリとリクが肯く。心配そうな、あの小夜の顔が脳裏に浮かぶ。それ程までにうなされていたのだろうか、と胸が軋んだ。


「……昔のことをね、思い出していたんだ」
「昔のこと?」


 リクはカイと同じように墓の横に座った。木漏れ日が、彼らの身体に落ちる。この墓場は、木が生い茂っていて、いつも薄暗い。線香のにおいがふたりを取り囲む。


「うん、あの事故の前の日のこと」
「……」


 ペチリと蚊を叩いていたカイは、視線をリクへと移す。リクの顔は、悲しくて優しい、複雑なものだった。


「あの家で、僕はたった独りだったんだ。僕はまだ小学校一年生で、お父さんもお母さんも、仕事だった。カイ兄ちゃんも学校で、その後は少年野球の練習に行ってたんだ」


 あの頃、カイは小学校四年生だった。野球が生き甲斐で、楽しくて、野球選手になるのが夢だった。時間があれば友人と野球をしたり、ひとりで練習をしていた。だからその頃は、弟と遊んだという記憶が無い。


「僕ね、怖かったんだ。色んなことを考えた。今でこそ、携帯電話で連絡を取ることが出来るけど、あの頃はまだ普及していなかったし……」


 カイは黙ってリクの横顔を見つめる。この小さな身体に、どれほどの恐怖が詰め込められていたのだろうか。何を考えて、何をしていたのだろうか。


「そういや、オヤジ、携帯電話を持ってたな」


 ふと、カイが思い出す。あの事故の後、バラバラに壊れたそれを、警察の人が見せてくれた。父親の形見、だと。


「折りたたみ式じゃなくてさ、画面もスゴく小さくてさ――」
「分厚くて、画面に出てくる文字は白黒だけだったんだよね」


 うんうん、とカイが肯く。今となっては、きっともう誰も覚えていない。
 もし、あの頃に、今のようにそれが普及していたら、リクの寂しさも少しは柔らかいだのだろうか、とカイはぼんやり考える。まだかかるのかと催促出来るし、あとどれだけ待てばいいのかと確認出来る。


「――だから僕は怖かった。鍵を開けた時の、あの誰もいない家も。少ししか動かない時計も。テレビも、子ども達の声も」
「……そっか」
「誰も、事故に遭わず、ちゃんと家に帰って来てくれるように願っていたんだよ。独りは寂しかったけど、お母さんが帰って来て、カイ兄ちゃんとお父さんが帰って来た時は、いつも安心した」


 リクは墓を見つめて笑う。家族全員に話し掛けるように、カイと墓を交互に見る。


「今はね、ちゃんと友達がいるよ。そして、キャッチボールだってたまにするんだ。……まだ全然ダメだけど。今は寂しくはないよ。お父さんも、カイ兄ちゃんも、小夜姉ちゃんも、そばにいてくれる」
「オヤジもオフクロもな」


 カイはリクの頭に、もふっと手を乗せた。ガシガシ頭を撫で回す。痛い痛い、とリクが言うと、カイは意地悪く笑った。


「こうやって、新しい家族ができたのはオヤジとオフクロからのプレゼントだと思ってる。いつでも上から見ていてくれてんだ、きっと」
「そう……だよね」
「あァ、お前が同じクラスのマミちゃんが好きだってこともな」
「……ッ!ちょッ!カカカ、カイ兄ちゃん!何言ってッ!」


 リクは耳まで真っ赤にして怒る。分かり易い、とカイが吹き出した。リクが必死に弁解しているが、それはまるで何の役にもたたず、自分で証明しているかのように泥沼にはまっていくばかりだった。


「あ、帰ってきた」


 カイが見た方向には、ジョージと小夜が歩いていた。ふたりはカイの視線に気づき、手を振っている。


「家に帰ったら、久しぶりに四人でキャッチボールでもするか」
「えー!カイ兄ちゃんのボール、怖いよ」
「お前が下手過ぎるんだろ?」


 リクはムスッと頬を膨らます。やっと着いたジョージと小夜が、カイに理由を訊くと、ふたりは笑った。それにつられて、リクも笑い出す。


「帰ろう、僕らの家へ」


願わくば、もう一度、家族と暮らしたあの温かい家へ







fin...



09.06.21
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