その他

□存在証明
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寝れない夜がある。
眠り方すら忘れてしまう夜がある。
急に不安になる夜がある。





存在証明





「まだ起きているのですか?」

 小夜はベッドの隅で三角座りをしていた。自分の手で、その細い腕をぎゅっと握り締めている。腹と脚の間に埋めていた顔を上げ、ハジの顔をみた。小夜の顔は不安と恐怖に苛まれて、疲れきっているようだった。

「寝れないの」

 小さな声が返ってくる。
 ハジはゆっくりと部屋へ入っていった。ずしりとベッドに腰掛ける。よく見ると、小夜は震えていた。

「こわ、い。何もかもが、こわいの」

 たどたどしく、彼女が言う。そこにいるのは翼手ではなく、普通の女の子だった。繊細で傷付きやすいたったひとりの少女だった。

「小夜?」

 頭を撫でようとしたが、自分の手を見てハジはそれを止めた。なんて醜い手。この手は届きそうで届かない。守る為の手なのに傷付けて壊してしまう。
 そう考えている間、小夜はおもむろに刀を取り出した。慣れた手付きでゆっくりと鞘から出す。刃は鋭く光っている。
 何をするのかと思う暇もなく、小夜は刃を自分の手のひらへと押し付ける。そしてスッと横に線を引いた。そこから音も無く、赤々とした血が溢れ出てくる。

「生きているのか、不安になるの」

 独り言のようにポツリと小夜が言う。手のひらに刻まれた線と、ぷくぷくと溢れる血だけが存在を示しているようだった。
 だが、やがてそれはおさまり、元のきれいな手のひらになった。刀傷などまるで最初から無かったかのように、時間が戻ったかのように錯覚してしまう。

「私……ね、手に傷をつけても痛みも何も感じないの。手だけじゃない。身体中。怪我しても、傷付いてもすぐに元に戻ってしまう……。こわい。自分が本当に生きているのか、分からないの」

 涙は出ていなかった。声は震えていた。傷がすぐに完治してしまうのは、翼手だから。分かっていても言えなかった。
 小夜と小夜の妹が翼手だったために起こったあの悲劇。それが今、自分たちが生きる理由だ。そして、遥か昔に約束した。ディーヴァを殺したら小夜を殺す、と。あの悲劇を二度と繰り返さない為に。翼手の為に生きて、翼手の為に死ぬ。
 彼女がその記憶を失っていて良かった、とぼんやりとハジは思った。せめて今は、思い悩むことがひとつでも少なくなればいい。背負うのは自分ひとりでいい。


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