その他
□存在証明
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「小夜」
ハジは小夜の横にあった刀を手に取る。小夜はそれを静かに見つめていた。さっきまで血が出ていた手を取ると、同じように傷をつけた。
また血が流れ出す。毒々しい程にきれいな、赤。ハジはそこに慈しむようにキスを落とした。それから舌を出して執拗にそこを舐める。
「ちょ、ハジっ」
手を引っ込めようとも、ハジの力には適わない。身分は女王とシュヴァリエであっても、本質は女と男だ。力の差は歴然だった。
「ん……っ」
傷口に食い込むハジの舌の感触に、小夜が顔を歪ませる。小刻みに指先が動いている。傷口が広がるような感覚が手から伝わってくる。
「痛みを、感じますか?」
小夜は歯を食いしばっているが、そこからは時おり息が漏れている。コクコクと無言で小夜が頷く。
「私も感じます。貴女の血は熱い。これが貴女の身体中を駆け巡っているのです」
刃物の味とも、血の味ともつかない鉄の味が口の中に広がる。止めどなく溢れ出ていた血は徐々に少なくなってきた。ハジは吸い付くように当てていた唇を離す。
「貴女はちゃんと、ここにいます。だから――」
生きてください
ハジはその言葉を飲み込んだ。生きることを願うことは許されない。主との約束を果たす為には。
自分は大切な人の命さえ守れない。不安さえ拭ってやることは出来ない。
跡形も無くなった小夜の手のひらを見て、ハジは眉をひそめた。
「大丈夫です」
そう言うことしか出来ない自分に嫌気がさす。カイやソロモンなら、もっとマシな言葉を言ったのだろう。もっと小夜の不安を取り除けただろう。
醜いのは手だけじゃなく、全てだ。約束に縛られて甘んじているのは自分だ。抗うこともせず、諦めているだけだ。
「ハジ」
小夜はそっとハジの両手を握った。人間の手と、翼手の手。どちらの手にも小夜の温かさが伝わる。
「ありがとう」
手を握ったまま、にこりと微笑む。ハジは少し驚いた顔をしてから同じように笑った。それから手を伸ばして頭を撫でる。
きっと、これが生きている証なのだろう
心の中で、そう呟いた。
「おやすみ、ハジ」
「おやすみなさい、小夜」
fin...
10.02.17