短編

□蛇と梨 参
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嫌がらせでしているのではないとは分かっているのだが。もう少し控えてやってほしいものだと。
可愛い懐刀の為に、言及してみるが。
どうにもこの白黒梟には改善する気持ちは一寸も無いらしい。

内心で肩を竦めて、襖の向こうで揺れる葉を眺めた。

「この季節。奥州は漸く春が来ている頃だろうしさ、時期がよければ桜も見られるだろう」
「こちらは早いものから葉が見えてきてしまっているからね」
「全く気が早いよ」

花見をしたのがつい昨日のように思えるというのにねえ。
雪陽は、ふわふわと笑う。

桜前線が大和を訪れ、満開の桜が拝めた日。
この多聞山にいる松永、雪陽、梵天丸や小樹、そして件の雪陽の忍びと側室とで花見をしたのだ。

花見自体は去年もしていたので、雪陽がここへ来てから二回目になる。
東にある奥州の春は遅く、暖かな陽光が雪を溶かし命の芽吹きが始まるのは他の国に比べると一段遅い。卯月の日に雪もなく、暖かな日射しの中で桜を見やれるのは昔に命を落として以来初めてさねとからから笑った雪陽に、そうですね私もですと同意したのは忍びだけではなく、雪陽の側室も同じく、であった。

雪陽の側室も、右目と同じく奥州から共に雪陽の隠居に着いて来た一人だ。物静かでたおやかな彼女が雪陽と共に座る姿は、まるで二輪の牡丹の花のようである。

「次は何の花を見ようか」
「藤の花なんてどうだろうね。好いと思うよ」
「結構、結構。ならば次は藤だ。重箱は卿が作るのだろう?」
「梵がせがむからね。可愛い息子の為ならいくらでも作るさ」
「きゃら弁、とやらが大層気に入りだそうだよ。自分を模したそれを私に自慢してきたから頬を摘まんでやった」
「大人げない…。だから久秀にも作ったろう。こないだの花見で、茶器を模したら喜んでくれて嬉しかったよ」
「いやはや。いくら形あるものはいつか失うものだとはいえ、あれは食べてしまうのが惜しい程だった」
「凝視していたものねえ。まあ、堪能してくれたなら何よりだよ」

ずず、と玉露を飲み干した雪陽は、ご馳走さまでしたと言い置き、不意に顔を上げる。
その様子に、おや、と松永は口角を上げた。

「“呼ばれた”か」
「“呼ばれ”ました。ふふ、じゃあ行ってくる」
「ああ。今日までなのだ、ゆっくりしてくるといい」

す、と頭を下げ、雪陽は退室していった。

呼ばれた、というが。
ここまでで、雪陽と松永以外の声がこの部屋に響いたわけではない。

ならば、何に呼ばれたというのか、といえば。
雪陽に、のみ。
聞こえる声に、というべきか。

雪陽はそういったものに敏感だった。
同じ婆娑羅故の繋がりとも言うべきか。遠くあっても、何となく呼ばれたことに気付くのだと言う。

雪陽は今、光秀に呼ばれたのだ。

この二人に共通する。
闇の婆娑羅を介して。





「光秀、来たよ」
「おや、早い」

ちょうどお茶を飲み終えたところだったんだ。
そう言って光秀の側に座ると、光秀は無言で雪陽に両腕を広げて見せた。

意図を読んだ雪陽は、下ろした腰を直ぐに上げ、そのまますとりと。胡座を組む光秀に座り、抱き上げられた。

「支度は」
「終えました。蘭丸はまだですが」
「ああ、明日に慌てるのだろうね」

手伝ってやりません。
雪陽を膝に乗せ、ぎゅむぎゅむと幸せそうに抱き締める光秀に。雪陽はくすくすと肩を揺らし、眼前にある色白の首筋に額を擦り寄せた。

雪陽の背は低くはないが、実は言うほど高くはない。五尺五寸前後…といったところで、六尺以上ある光秀の膝に座っても無理な体勢になるようなことはなく、寧ろちょうど良いくらいだと笑うほどだ。

自分の腕の中に雪陽が入り込み、閉じ込めてしまえるこの体勢を光秀は好いており。暇さえあれば、彼は雪陽を膝に乗せたがった。

 
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