短編

□蛇と梨 壱
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目の前にいる銀髪の死神…明智光秀にそう労われ。
伝説と呼ばれる忍、風魔小太郎は、そうでもないと首を横に振った。寧ろ、貴兄の方が難儀ではないか、といった旨を、言葉無く光秀に伝えると。
彼は、「これはこれで面白いですよ。たまに鬱陶しいですが」と答えた。

これ、と影で代名詞された魔王の子…森蘭丸は。
子分と呼ばいながらも、その当の本人に「蘭丸の子分になんかぜぇったいなるもんか」と全力で拒否する幼児、梵天丸と、相も変わらず幼さ満点の言い合いを繰り広げていた。

数えで十四になる蘭丸と、今年で大体七つになる梵天丸。
片手の指の数ほどの差とはいえ、兄貴分を語るならもう少し大人しく出来ないものかと光秀はぼんやり思う。口にして宥めないのは、先の言葉の通り。これはこれで面白いから。

「馬はそちらに任せます。雪陽と久秀殿はいつもの茶室ですか?…分かりました。ほら、行きますよお子様達。あんまり喧しい様なら、茶室に入れてもらえませんよ」

忍たる小太郎は、声帯を介する日常会話は行わない。
頷く彼に気分を害するわけでもなく光秀は、騒ぐお子様二人にそう言い置きさっさと茶室へと歩き出した。

これはまだ優しい方で、いつだったか。喧嘩する二人を町に放ってさっさと屋敷に帰り、お子様二人を迷子に陥れて苛烈苛烈と笑っていた戦乱の梟雄がいる。しかも一度や二度でない。

わんわん泣き喚くお子様二人を保護した保護者二人によって、梟はブリザードを伴いながら諫められたが。
当人に反省の色がないので、それから数度繰り返されたという過去がある。

そんな迷子に関するトラウマ持ちの蘭丸と梵天丸は、声をかけた光秀に気付くと我先にその柳のような背中に駆け寄り、「なんだよ梵天丸あっちいけよ」「蘭丸が向こうにいけよ」と光秀の足元でわらわら喧嘩をする。
本当に光秀の足元で喧嘩をするので、それはさながら、主人にくっつきたい犬の散歩状態。リードが足に絡まり、危うく転倒しかねない、結構危険な状況だ。

実際、今まで何度か転んだことがある。お互いに。
絡まれている光秀はともかく、絡まりにいっている蘭丸や梵天丸が転ぶのはなんとも器用な話だ。犬が散歩にはしゃぎすぎて、足にリードを絡ませてくんくん鳴くのと、感覚的には似ている。
まあどちらにせよ、お子様達を避けて歩かないといけないので、絡まれる側の光秀にとっては苛々ものなのだが。

「………」

そんな光秀を見て、小太郎。
お主は気が利くのう、と北条の好好爺によく言われる彼は。

ひょい、と梵天丸を抱き上げ、蘭丸の首根っこを掴んで一旦光秀から引き離し、すとんっとその隣りに下ろした。

「なにすんだよ風魔!」
「……」
「ありがとうございます風魔…」
「なんで礼を言ってんだよ光秀!」
「素直に有り難かったからです」

貴方に怪我をさせたら保護者が五月蝿いんですよ、と。
背中に暗雲を垂れ込ませながらハリセンを構える魔王を想像し、はあ、と光秀は溜め息を吐く。折檻くらい構やしないし寧ろ悦んで受け入れるが、その理由があんまりに情けないので流石に勘弁して欲しい。

「……雪陽に癒されたい」
「………」

ぽつ、と溢す光秀に。
小太郎は、心中お察し、と考えたかどうかは分からないが。長い銀髪がかかったその薄い肩に、ぽん、と掌を置いた。


そうして城の廊下を進む異色な四人。
大人二人と子供二人。
片や片目が隠れる程に鬱陶しく長たらしい銀髪に藤色の羽織を着込む死神と、菫色の魔王の子。
片や目元まで隠れた兜を被った赤毛の忍に、抱えられた藍色の子。
歩く子供と抱えられた子供は変わらず口喧嘩を繰り返す。宥める側の筈の大人二人が無言なので、子供達の喧嘩はヒートアップしていくばかりだ。

見れば見るほど奇抜な一行であるが、道行く梟の女中や家臣達は驚くほど柔軟に受け入れ。寧ろ見慣れたものだと、低頭して客人達を迎え入れる。
この辺りの教育は全くもって感嘆ものだと素直に思いながら、光秀達は徐々に道行く者が少なくなっていくその先に向かった。


 
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