短編

□蛇と梨 参
2ページ/5ページ


だからこそ、流石、と松永は言ったのだが。

「文にね。少し含ませていたのだよ」
「ああ、それをあの子に送るのに、私を使うわけか」
「おや、察してしまったか」

愉快愉快と笑う松永に、思いの外問題事ではなかったなあと雪陽も笑う。

何故、そう察したかと言えば。
松永が文香。剰え桜香などというものを使う対象は限り無く、限られるのだ。その内の一人である、雪陽は今は側にいる。
その数少ない対象で、現在松永の側にいないのは雪陽の言う“あの子”くらいで。そうして今松永が書いている文を見ればなんとのう察しがつくというものだった。

つまりは。果たして彼に言ったつもりは、なかったが。
そろそろ諸国を回って友人達の元へ遊びに行こうとする雪陽に、ついでにこの手紙を届けさせようと考えているのだろう。

「あれは今、確か豊臣の所だろう」
「大和から近い所にいるから、先にそちらへ行くだろうって事だね。というか、例えそうじゃなくとも先に行かすんだろう?」

ものを含んだ松永の笑みに雪陽は、是、と答えた。

「あーあ。本当は紀州から回ろうと思っていたのに」
「おやおや、それは残念だったな」
「本当だよ」

孫市元気にしてるかなあ。
頼れる姉御にも久しく会えていないよ、と。雪陽は胡座をかいた。

 *

「ところで、雪陽。卿の右目は如何した?」

文を認め終えて。
暫し茶に付き合えと、顔を付き合わせて玉露を飲んでいた雪陽に。松永はふと疑念した事を口にした。

雪陽の右目、とは。
本来の眼球の意ではなく、所謂、彼の懐刀の通称だ。
右目を幼きに病で失った彼に因み、そんな彼の右目の視力を補い支える重要な存在である事からその名がついた。いわば半身とも言え、雪陽に信頼を寄せられている数少ない存在で。
刀の腕も立ち、計算と鍛練が趣味の域に入っている男だ。

彼と雪陽は奥州の頃からの付き合いらしい。雪陽が当主を辞め、此処へ隠居を決めた際にも迷わず着いて来たという程、彼も雪陽に多大なる忠義があると見える。

そんな彼は、いつもは何かと雪陽の身の回りの世話を焼く。
それに雪陽だけではなく、松永にも。
例えば、何でもかんでも爆破しないでください修繕費が馬鹿になりませんだとか。今月は既に金子を使いすぎて予算を越しているのだから新しい茶釜は遠慮してくださいだとかの申告も、最近では三好の三人衆ではなく彼の役目になってきている。なんというか、彼は金のやりくりが誠上手いのだ。
その他にも、茶を立てさせれば一流のものを飲ませてくれる(これは雪陽様にご教授いただいた、と言う)上に、刀や槍等の武器の扱いにも多方面に精通しているので、専ら梵天丸の教育者として、刀も筆も教えている。

目上に対して礼儀を欠かないのは好ましい殊更に、その上で進言もするし諌めてくるし文句も言う。従順なだけではつまらないと考える松永にとっても、そんな彼は大層気に入りの部類に入っており、何かと問題を起こしては彼に迷惑をかけさせて楽しんでは構っている(構ってもらっていると同義である)のだが。
ここ最近、姿が見られないのは、少し珍しい。
が、聞けばなんと無いことだった。

「ああ、小次郎に文をね。届けてもらってる」
「ほう?卿の後釜にか」
「後釜って…。まあ、近況をね。最近報告していなかったのと、そっちはどうですかーって。向こうは私がいる場所知らないから、手紙はどうしても彼を介さないと」

彼が一番確実だからね。
実直で己に厳しい彼は、任務一つ一つに責任を持って実行する。なので今頃も、大事な書簡を手に奥州へと足を走らせていることだろう。

ずず、とお茶を飲み干した雪陽は、湯飲みを置き。開いたままの襖の向こうの空を見上げた。

「まあ。久秀に気に入られて、最近では胃に穴が空きそうだったからね。療養も兼ねているんだよ」
「おや、これは。失敬、失敬」

はっはっはっ、と悪びれなく笑う松永に。
雪陽は、もう、と苦笑した。

 
次へ
前へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ