合縁鬼縁-本編-


□壱話:徒渉りの果て
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人影もまばらな街道に、一人の旅人が歩いていた。

編み笠を目深に被り、顔はやや俯き加減で黙々と歩いていたが、村を一望できる見晴らしの良い場所まで来ると、ぴたりと足を止めた。

笠を片手で軽く持ち上げ、顔を正面に向かせると、その村をじっと眺める。
彼女が見つめるその集落“若緑村”は、穏やかさそのものの雰囲気が漂っており、家々からは炊事の煙が上がっていたりもした。
何の変哲もない、ごく普通の景色である。

大人びているものの、まだあどけなさを残す印象の彼女は、その眼下の光景を見つめながら、表情に微かな喜色を滲ませた。


「…鬼の気を感じるな」


そうぽつりと呟くと、その村へと続く街道を再び歩きだした。






そうして道なり進んで山を降り、漸く辿り着いた村の前に来た時には、旅人― 千早(チハヤ)の先程の予感は、確信に変わっていた。

間違いない、この村には鬼が度々現われている。
あちこち微かに残る鬼の妖気が、村に近づくにつれ次第に強まって行くのを感じ、はっきりと確信した。

千早は早速、村人に村長(ムラオサ)の家を尋ね、直ちにそこへ向かった。





茅葺屋根の粗末な家屋が点々と並ぶ中、周りよりもやや大きめで立派な家が目に着いた。
恐らくこれが、村長の家で間違いないだろう。

家の戸口は開け放たれていた状態だったので、そこから玄関へと上がった。


「すみません、村長殿はいらっしゃいますか」

千早がやや大きな声でそう呼んだ所、間もなくして奥の襖が開き、一人の老人が現われた。



「ああ、儂がそうだが。何か御用かな」

「ええ、実はちょっとお伺いしたい事がありまして…この村に時々、鬼が現われますね?」


千早の言葉に村長は少し驚いた表情を見せたが、途端に不信感を抱いた眼差しを向ける。


「ああ、そうだ。…お前さんは一体何者かね」

「これは申し遅れました」


千早はそう言いながら笠を取り、背筋を伸ばして姿勢を正す。


「退鬼師の、千早と申します」


そして一礼をした後、口元に微笑を浮かべる。
しかし当の村長といえば、相変わらず訝しげな表情のまま一言。


「…退鬼師?」

「はは…やっぱりこの辺りにまでは、妖怪の退治屋がいる事は広まってませんでしたか…」


ため息混じりにそう言いながら、千早は力無く笑った。


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