合縁鬼縁-本編-
□参話:貂、穿てども
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夜が明け、薄らと朝靄が立ちこめる山道。
周りはどれだけ歩けども変わらない、新緑の木々が立ち並ぶ景色。
普通の観光ならば、この澄み渡った自然の空気に包まれ、心穏やか、あるいは洗礼されるといった心地になるだろう。
しかし、若緑村の隣町である“松乃尾町”を目指す千早と禅鬼の二人は、この緑の光景にいい加減飽きが差し始めてきていた。
「…なぁ」
先に口を開いたのは禅鬼だった。
眉間に皺を寄せ、いかにもつまらなそうな顔をしている。
「何だ?」
「町まで後どんくらいだ?」
「地図を見る限りでは、そろそろ見えてくるはずなんだけどな…」
千早は山道の地図を見ながら答えたが、ふと顔を上げたその時だった。
「…あれ?もしかしてあれじゃないか?」
霧はまだ微かに立ちこめていたが、下り坂の先に見える景色に、屋根が並ぶ町並みが確かに見える。
町全体が塀でぐるりと囲まれ、確固した風情がある町だ。
この町は妖怪の被害が少ない事で、退魔師達の間ではちょっとした名の知れてる町だった。
それを確認した千早は途端に元気になり、生き生きとした活気が溢れだす。
「禅鬼、町が見えたぞ!ほらあれだっ!」
「…嬉しいのは分かるが、一旦落ち着け!」
目を輝かせて興奮気味に話す千早を、半ば呆れつつ宥める禅鬼。
しかし彼女は、その言葉も最早耳に入っていない様子で、足取りも軽やかに歩調を進める。
「ほらほら、急げ!早くしないと置いてくぞっ!」
(そこまで喜ぶ事か…?)
一足先に進み、急かす千早を眺めながら、自身の歩く速さで禅鬼も彼女の後に続いた。
そして町の入り口である門と、町を囲む塀が次第に近くなるにつれ、禅鬼の足取りも段々と重くなっていった。
それに気付いた千早が、不思議そうに声を掛ける。
「どうした?具合でも悪いのか?」
「いや…別に」
そう短く答えるものの、表情は明らかに、何か思い悩んでいる様な複雑なものだった。
それを見た千早は足を止め、禅鬼に近付き向かい合って立つ。
「…何か、町に入りたくない理由でもあるのか?」
その言葉を受け、禅鬼は少々戸惑った様子を見せたが、ふっと目線を逸らしながら答える。
「…鬼が、人間の住む町中を歩く訳にはいかねェだろ」
(ああ、なるほど…)
禅鬼の理由に、千早は彼が概ね考えている事を理解した。
鬼である自分が人間の住む町など歩いていれば、それこそ騒ぎになるのでは、という事を危惧しているのだろう。
千早はおもむろに笠を外すと、背伸びをしてそれを禅鬼の頭の上に乗せた。
「あ?おい、これ…」
「それを貸すよ、これなら角も隠れるだろう?うん、よく似合ってるし良いと思うぞ」
「……」
そう言いながら悪戯っぽく笑う千早に、禅鬼は少々照れた様子で顔を逸らし、笠を深く被ってしまった。
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