合縁鬼縁-本編-


□参話:貂、穿てども
1ページ/13ページ



夜が明け、薄らと朝靄が立ちこめる山道。
周りはどれだけ歩けども変わらない、新緑の木々が立ち並ぶ景色。

普通の観光ならば、この澄み渡った自然の空気に包まれ、心穏やか、あるいは洗礼されるといった心地になるだろう。



しかし、若緑村の隣町である“松乃尾町”を目指す千早と禅鬼の二人は、この緑の光景にいい加減飽きが差し始めてきていた。


「…なぁ」


先に口を開いたのは禅鬼だった。
眉間に皺を寄せ、いかにもつまらなそうな顔をしている。


「何だ?」

「町まで後どんくらいだ?」

「地図を見る限りでは、そろそろ見えてくるはずなんだけどな…」


千早は山道の地図を見ながら答えたが、ふと顔を上げたその時だった。


「…あれ?もしかしてあれじゃないか?」


霧はまだ微かに立ちこめていたが、下り坂の先に見える景色に、屋根が並ぶ町並みが確かに見える。
町全体が塀でぐるりと囲まれ、確固した風情がある町だ。
この町は妖怪の被害が少ない事で、退魔師達の間ではちょっとした名の知れてる町だった。

それを確認した千早は途端に元気になり、生き生きとした活気が溢れだす。


「禅鬼、町が見えたぞ!ほらあれだっ!」

「…嬉しいのは分かるが、一旦落ち着け!」


目を輝かせて興奮気味に話す千早を、半ば呆れつつ宥める禅鬼。
しかし彼女は、その言葉も最早耳に入っていない様子で、足取りも軽やかに歩調を進める。


「ほらほら、急げ!早くしないと置いてくぞっ!」

(そこまで喜ぶ事か…?)


一足先に進み、急かす千早を眺めながら、自身の歩く速さで禅鬼も彼女の後に続いた。






そして町の入り口である門と、町を囲む塀が次第に近くなるにつれ、禅鬼の足取りも段々と重くなっていった。
それに気付いた千早が、不思議そうに声を掛ける。


「どうした?具合でも悪いのか?」

「いや…別に」


そう短く答えるものの、表情は明らかに、何か思い悩んでいる様な複雑なものだった。
それを見た千早は足を止め、禅鬼に近付き向かい合って立つ。


「…何か、町に入りたくない理由でもあるのか?」


その言葉を受け、禅鬼は少々戸惑った様子を見せたが、ふっと目線を逸らしながら答える。


「…鬼が、人間の住む町中を歩く訳にはいかねェだろ」

(ああ、なるほど…)


禅鬼の理由に、千早は彼が概ね考えている事を理解した。

鬼である自分が人間の住む町など歩いていれば、それこそ騒ぎになるのでは、という事を危惧しているのだろう。

千早はおもむろに笠を外すと、背伸びをしてそれを禅鬼の頭の上に乗せた。


「あ?おい、これ…」

「それを貸すよ、これなら角も隠れるだろう?うん、よく似合ってるし良いと思うぞ」

「……」


そう言いながら悪戯っぽく笑う千早に、禅鬼は少々照れた様子で顔を逸らし、笠を深く被ってしまった。


.
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ