合縁鬼縁-本編-


□玖話:結び付の嚆矢
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「人間に取り憑く妖怪」の一件も無事解決し、色織町は何時も通り、平穏な日々へと戻った。
その騒動の原因であった猫又の鈴は、それ以降人には憑かず、おとなしく廉造の傍に付いて行動を共にしていた。



千早は、次は隣町の“荘誉町”に行く予定だったのだが、廉造は「まだ少し、この町に用がある」と言うので、二人はその町で別れて各々の旅路に赴いた。
恐らく廉造は、強い妖気を放つ、あの黒い影を纏った妖怪を捜し出すのだろう。

彼がそれほど何かに執着するのは珍しいので、その妖怪との間にどんな因縁があるのか千早は気になっていたのだが、何故かその話に触れてはいけない気がした。
それに、例え聞いてみた所で、こればかりはさすがの廉造も、答えてはくれないかもしれない。


(ま、誰しも言い難い秘密、と言うものがあるだろうしな…)


聞かなくてよかったのかもな、と千早は考えながら、お浸しを摘んだ箸を口に運んだ。

彼女は今、荘誉町の食事処にいた。





時刻も昼を越えていたし、別段急ぐ用事も無いので、何か食べようという事にしなったのだが、禅鬼は「腹が空いてない」と言うので、二人は別行動となった。
千早はそのまま食事処に、禅鬼は暇潰しに町の様子を探りにと行ってしまった。



そして千早は、賑わう食事処の一角の席で、定食を一人黙々と食べていた。
そつなく箸を運び、殆んどの皿が空いて残りは小さな小皿のみとなったのだが。
そこで、ぴたりと箸が止まってしまった。


「………」


片手に箸を握り、眉を顰めて嫌そうな表情を顕にする千早。
彼女が見つめる先。掌に収まるくらいの小さな皿の上には、二切れの沢庵があった。

実は、千早はこの食べ物が苦手なのであった。



元々好きではなかったのだが、幼い頃の冬に実家で毎日の様に出された上、残せば母親に無理矢理食べさせられた事から、今ではすっかり沢庵嫌いになっていた。


(…さて、どうしよう)


じっと沢庵を見つめながら、彼女の脳内では様々な論争が繰り広げられる。



別にこのまま残しても良いのだろうが、それだと作ってくれた店の人に申し訳ない。
それに好き嫌いはよくないとは分かっている…が、矢張りコレを自ら進んで食べる気にはなれない。

そもそも、外見はしんなりしているのに、何故噛むとこうも歯応えが良いのだろうか。まず、そこが気にくわない。
それに、この何とも言い難い独特な味。
と言うよりも、根本的にこの食品は私の口に合っていないんだろう…。



と、周りの音も一切気にせず、一人真剣に思考を巡らせる千早。
その為、今暖簾をくぐり現れた女性にも無論、気付く事もなかった。


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