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□クリスマスまで待って
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クリスマスまで待って
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【2‐1】
クリスマス・リース 各クラスにクリスマス・リースを取り付ける作業を始めてから1時間。
残すは後2クラスとなったところで、月光疾風は朝から元気のない友人に切り出した。
「悩み事、ですか?」
気付いた時に尋ねられれば良かったのだが、周囲には大勢の級友がいたので2人で話せる機会を待ったのだ。
普段はこちらを慌てさせるほど素直な友人は、自分自身の問題となると頑なに口が堅くなる。
そして、そんな彼だからか、慕う者はとても多い。
万が一、思い過ごしで本当に何もなかったのだとしても、漏れ聞こえた会話からどんな誤解が生まれるか考えるだに恐ろしい。
又聞きを繰り返して歪み、尾鰭のついた噂となった時に、一体どれほどの騒動に発展していることか。
何事も慎重にして然るべき。
長年の彼との付き合いで、疾風はそう学んだ。
「朝から浮かない表情や、溜め息を吐くのを何度か見ました」
なんで急に、という顔で見返す友人へ疾風は苦笑混じりに呟く。
「そんな君に、何もないなんて言われるのは、余計に心配ですし、悲しいです」
ボクでは相談相手になりませんか。
控え目に、だがしっかりと見詰めて訴えれば渋々ながら海野イルカは話し出す。
「たいしたことじゃないんだ」
ただ、と手にしたリースに視線を落とす。
初等部の児童が手作りしたクリスマス・リースは、輪に編んだ蔓を赤と緑のリボンと金モールで飾ったシンプルで拙いものだ。
小柄なイルカが抱えていると、実に微笑ましい。
同年代の疾風ですら、庇護欲を刺激されるくらいに。
だからだろう。
「今朝、ちょっと変な人に……」
「登校中に、ですか? 何をされました?」
イルカは非常に迷惑なトラブルに巻き込まれ易い。
慣れ、というより条件反射で問う疾風の言葉も何度目だったか。
「あの、中等部の、昇降口だった」
いつもより強い口調の疾風に、呆れられているとでも思ったのだろう。
イルカの弁明は歯切れが悪い。
「何も、されてない。……っていうか、多分、見かねて、助けてくれた、だけ……だと、思う」
ついでのように、小首を傾げてイルカも疾風に尋ねる。
「高等部の人、だったんだけど……、中等部に何か用事、だった、のかなぁ?」
基本的に人見知りをしないイルカがこんな探るような反応をしているのだ。
きっとろくでもない思惑で近付いた不逞の輩で、結局は何もできなかったヘタレに違いない。
疾風はそう断定しつつ、イルカを安堵させるべく言葉を選んだ。
「きっと、部活動か委員会で何かあったのでは?」
どんな方でした、と付け加えた問い掛けこそが重要。
友人の杞憂を取り除くには、聞き出した特徴をイルカと仲がいい諸先輩方に伝えるのが手っ取り早い。
何が行われるかは、イルカ共々知らないままで。
だが、ぽつりと上げられたたった一言の特徴に戦慄した。
「白髪?」
高等部どころか、学園で最も名のしれたアレにしか当てはまらない特徴である。
むしろ知らないイルカに驚いた。
さすがだ、と妙な感心をしてしまう。
「イルカ」
「なんだよ、疾風」
「ソレに近付いたらいけません」
「は?」
訝しげなイルカの両手を掴み、至極真面目な声音と表情で疾風は忠告する。
「もし見つけたら、大声で助けを呼んで、教員室か先輩のところへ逃げ込むんです」
帰りは、遅くならならくても、誰かと一緒に。
「今日は、ボクが送ります」
「や、いいよっ、そんな。あ、今朝のことはアス兄に電話したし、暇なら迎え来てくれる……と、思うし」
いつにない疾風の剣幕に押されたイルカが正直に、最も頼りになる存在へ連絡済みだと話した。
するとリースごと握られていた手は解放され、疾風も常の穏やかさを取り戻す。
「でしたら、安心ですね。さて、飾り付けを終えてしまいましょう」
「……うん」
クリスマス・リースをクラスのドアに予め付けられているフックへ結束バンドで止める作業を2人は再開した。
互いに、今朝の変事にどう対処すべきか算段をたてながら。
【続く】
‡蛙娘。@iscreamman‡
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WRITE:2009/12/09
UP DATE:2009/12/10(mobile)