Happily Ever After

□Happily Ever After
4ページ/12ページ

UP DATE:2017/02/01 write by kaeruco。
[http://id54.fm-p.jp/120/iscreamman/]

 Happily Ever After
01:Saga───June of the first year


 城戸邸の中庭を臨むテラスに置かれたデッキチェアに腰掛けて初夏の爽やかな風に白金色の緩やかに波打つ長い髪を遊ばせ、洗いざらしの白い綿シャツとややゆったりとしたブルーグレーのパンツというラフなスタイルで手元のペーパーバックから顔を上げたサガは、すぐ傍で繰り広げられる若き聖闘士達の手合わせを微笑ましく眺めやる。

 先日から通い始めた剣術道場で稽古着としている白い短袖の着物と紺袴という出立ちで警棒を手にしたシュラに、色違いで揃いのTシャツを着た星矢と瞬が挑み、同じく紫龍と氷河が少し囃し立てるように声をかけていた。

 少年達のシャツはそれぞれ聖衣の色で合わせたらしく、星矢と氷河がホワイトで瞬がピンク、紫龍がライトグリーン。
各自の胸元にはなにやら日本語で文章が書かれているのだが、日本語を習得し始めたばかりのサガには氷河の白いTシャツの中央に流麗な筆致でプリントされた『冷やし中華はじめました』しか読み取れず、意味も不明だ。

「サガ、お茶はいるかい?」

「ありがとうアフロディーテ、ちょうど喉が渇いていたんだ」

 邸からお茶の支度をして出て来たアフロディーテが傍らのテーブルにアイスティーのグラスが2つ乗ったトレイを乗せ、続けて重たげな音を立てて足下にクーラーボックスを下ろした。
今、目の前でじゃれ合っている少年達と友人の為に用意した飲み物を冷やしてあるのだろう。

 この城戸の邸で暮らすようになってすぐ、アフロディーテは自ら申し出て邸内の広大な庭を手入れする園丁の仕事をしている。
今は午前中の作業を終え、休憩に来た様子だ。

 北欧生まれのせいか太陽の光はとりあえず浴びるものと考えているらしく日除けの帽子等は被らず、ただ作業の邪魔にならないよう鮮やかな赤地に色とりどりの花々が描かれたスカーフで軽やかに巻いた黄金色の長い髪を結い上げている。
晴れた夏空の色をしたダンガリーシャツの肘や深い海のような色合いのデニムパンツの膝や裾を土で汚していたけれど、彼本来の輝くような優美さは少しも損なわれていない。

「今日は気温が高いから、アイスミントティーにしてみたのだけれど、どうかな?」

 薦められるまま手にしたグラスを口にすれば、茶葉のふくよかな香りとすっきりとしたミントの風味、それからほのかに蜂蜜の甘みを感じた。

「ああ、とてもおいしい。やはり君が淹れてくれる紅茶が私の好みにあう」

「それはどうも」

 サガの感想にはにかむように微笑み、アフロディーテも空いたデッキチェアに腰をおろすとグラスを手にする。
ストローなど添えられていない大振りのグラスに直接口をつけて煽っているのだけれど、2人ともその優雅で美麗な容姿と無駄のない動きのおかげか少しも粗野に見えない。

「それにしても、彼らはやけに楽しそうだ」

 鋭く警棒を振るうシュラの攻撃を紙一重で交わし、カウンターの拳を繰り出す瞬と、大げさに避けて背後に回り込もうとする星矢の姿は、子犬が飼い主とふざけているようだった。
けれど彼らを相手にするシュラは息を切らし、かつてのようなギラついた目をしている。

「実際、楽しいのだろう」

 シュラには堪ったものではないようだけれど、と苦笑をこぼしてサガは言葉を続ける。

「彼らにしてみれば、じゃれ合いでしかないからな」

 かつての私たちもそうだった、と懐かしむように目を細めて空を見上げるサガの脳裏にはどんな光景が浮かんでいるのか。

「……そう、でしたね」

 ちょうど彼らくらいの年頃だったサガや少し幼い自分たちの姿を思い浮かべているのだろうと察し、淋しさを覚えながら呟いたアフロディーテが強くグラスを握ったところで薄く脆いはずのガラスはただ中身の冷たさを伝えてからりと氷とぶつかる涼し気な音を立てるだけ。
以前ならば、ほんの少し指先に意識を向けるだけでグラスも氷も粉々に砕け散っていたのに。


 
★ ☆ ★ ☆ ★


 
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ