Happily Ever After
□Saint School Life
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UP DATE:2024/03/10
write by kaeruco。
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【Happily Ever After番外編】
08:初めてのおこづかい───これは城戸家の兄弟たちがお邸で共に暮らすようになり、グラード学園への編入が決まった頃の話である。
城戸家の家長である沙織はとある相談の為、兄弟の中でも精神的長兄と看做されている一輝を邸内の執務室へ呼び出した。
そして唐突に本題を切り出す。
「皆さんに毎月のお小遣いを渡そうと思うのだけれど、この額は適正かしら?」
そう言って概算した金額が記された書類を渡そうとしてくるが、書面をちらりと見ただけで一輝は深いため息と共に首を横に振った。
「……中高生に小遣いとして大卒初任給を越える額を渡してどうする」
沙織の側に立つ厳しい顔貌の執事も、普段ならば「折角の沙織お嬢様のお考えを!」と一輝へ噛みついてくるものだが、今回ばかりは深く頷いている。
どうやら辰巳から見ても、お嬢様の判断とは言え今回ばかりは賛同しかねるのだろう。
「だけど、これくらいでないと足りないでしょう?」
沙織の出してきた概算で洋服代と交友費でそれぞれ数万円が計上されているのは多分、彼女自身の感覚なのだろう。
実際はそんな額では足りていないから、多少は控えめにしたのかもしれない。
それでも全然控え目ではない金額を出してきているので、面倒とは思いながらも一輝は苦言を呈する。
「いいか、お嬢さん。ごく普通の一般家庭ではあんたが出してきたこの金額で家族がひと月生活してるって事は頭に入れておけ」
「まあ、そうなの?」
驚くお嬢様に、頷く執事。
浮世離れした姪っ子の金銭感覚に、庶民派過ぎる叔父の言葉はさぞ衝撃的だろう。
「家賃に水道光熱費、医療費や保険料に税金、それから学費に交通費、食費に遊興費を出して先々を見据えて貯金までしてるんだ。こういう普通の家庭で、子供のこづかいが月にどれくらいになるかは、あんたでも想像もつくだろう?」
第一、この邸では衣食住の全てが使用人たちによって賄われていて、衣服は贔屓のテーラーや百貨店の外商で調達されているし、空腹を覚えたらいつでも厨房へ何かを頼む事だってできる。
出かける時は運転手に頼めばいいし、学園にも徒歩で通うから交通費も考えなくていい。
「あいつらも学用品や私服とか洗面用品みたいに他人に頼みにくい買い物もあるだろうが、毎月そこまでの金額が必要になる事はないはずだ」
そもそも兄弟たちの多くは孤児院育ちで、施設ではトラブルを避けるためもあって子供達に少額でも金銭を持たせるような事はなかった。
聖闘士候補生として送られた海外も、人跡未踏の秘境生活だったのだ。
買い物などしようがない。
「まだ一度もまともな買い物すらした事がなく、金銭感覚も育ってないあいつらにいきなり与えていい額じゃない」
そう言われれば、沙織も納得するしかない。
しかし、それではどれくらいの金額が妥当だというのか。
そんな表情を沙織が見せれば、一輝は視線を側の辰巳へと向ける。
「中高生の平均額は?」
「高校生で5000円弱というところだ」
問い掛ければ、すでに調べていた有能な執事は即答した。
その情報は先にお嬢様へ開示しておくべきだ、という言葉を飲み込み、一輝は頷く。
「妥当だな。後は個人でどうやりくりするかに任せていいが……」
「足りなくなったらどうします? 貸し借りしあうのは問題がありますよね?」
中高生が1ヶ月で使う金額としては充分な額であるが、急な出費で足りなくなる事はあるだろう。
なにしろ兄弟達は普通の中高生ではない。
それでも、兄弟間で金銭の貸し借りを野放しにするのは流石に不安がある。
「……貸し借りは禁止しておくべきだが、救済措置も設けておくべきかもな」
「救済措置、ですか?」
「ああ。これは邸の使用人たちにも協力して貰わねばならんが」
それならば、と沙織は財団総帥としての仕事のサポートをする辰巳とは別に、城戸邸で働く使用人たちを取り仕切る家令の戌亥を呼び出し相談に加えた。
家令の戌亥は辰巳より一回り小柄で柔和そうに見える恰幅の良い老紳士である。
しかし、世界中を飛び回って財を成したあの城戸光政に長年仕え、その家内を常に安定させてきた人物だ。