Happily Ever After

□Saint School Life
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UP DATE:2017/05/05 write by kaeruco。
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真面目で就学意欲の強かった一輝や瞬、紫龍などは自主的に、それ以外の者もそれなりにこなしているのできっと学力的には問題はない。

 ただ1人、テキストを開きもしなかったという星矢を除いて。

「……ねえ、星矢。あの、自分の名前、漢字で書ける?」

 恐る恐る尋ねる瞬に、馬鹿にすんなよっと息巻く星矢へ傍らの氷河からノートと筆記具が突き出された。

「そこまで言うなら書いてみろ」

 ちなみに、日本に居たのが7才の頃の1年間だけだった氷河自身は会話はともかく漢字で自分の名前は書けない。
ロシア語のキリル文字なら読み書きできるし、フランス語とギリシア語も分かるが日本語はひらがなならなんとか、というレベルだ。

「おう! 見てろよ!」

 高らかに宣言し、さらさらと書かれたのは多分、彼の名前である。
かなり歪で、ややもすれば『皇失』と見えるのだが。

「……これは、まあ、帰国子女だから、と考えれば……」

「それにしたって、自分の名前だろ?」

「これはちょっといただけないザンスねー」

 紫龍がフォローを入れる横から、邪武や市が茶化すのでだったらお前が書いてみろ、と星矢は邪武にペンを握らせる。
ここで最も簡単な漢字の市や、漢字圏で修行をしていた紫龍へ噛み付かない程度の小賢しさはあるらしい。
しかし、邪武は鼻で笑って書いて見せ、続いて瞬から市へとノートは巡る。
氷河に紫龍、那智に蛮、そして檄と回ったページに一輝までもが署名すると兄弟10人の名前が見開きに並んだ。

「流石に紫龍はうまいよね」

「いや、一輝も達筆じゃないか」

「瞬も随分上達したな。驚いた」

 誰が見ても読みやすく流麗な文字を書いた3人が互いを褒め合う脇で、星矢と氷河は己の文字を睨んでいる。

「……ぐぬぬぬぬ……」

「……ひらがなでは、ダメなのか?」

 他の5人も市はともかく、邪武と檄の字は少し怪しい。
那智と蛮もなんとか、という感じである。

「……学力は一夜漬けでなんとかするとして、面接はどうするつもりだ?」

 呆れ気味に互いの字を貶し合う兄弟を見やりつつ、一輝は沙織に問い掛けた。

「面接? それはまあ、普通に……」

 言いかけて、沙織は言葉に詰まる。

 普通。

 幼少時から6年も日本を離れ、常軌を逸した環境で何度も死ぬ目に遭ってきた少年たちの普通。
それはきっと、平穏で安全な日本の教育者に受け入れられるようなものでは断じてない。
世間に知られれば、グラード財団と城戸家はマスコミに付きまとわれ、児童保護団体や人権団体から槍玉に挙げられることは必至であろう。

「……ど、どうしましょうか?」

 ひきつった笑顔を見せる沙織にため息を吐き、一輝が提案する。

「とりあえず、誤摩化しの利く程度に嘘の設定を作って覚えさせるしかあるまい……」

 面接の場で機転を利かせるなんて真似、この兄弟に出来る訳がないと精神的長兄は悟っている。

「……そうね。そうするしかない、でしょうね……」

 だったら、どうしたら。
と、思考を巡らす沙織を他所に、一輝は瞬を呼び寄せて兄弟の署名が揃ったノートを持って来させる。
筆記具とともに受け取ったノートの新しいページを開き、3分割するように線を引いた。

「俺たちが日本を出て、バラバラに海外で暮らした事は誤摩化し様がない。だったら、今になってそこから連れ戻されて一緒に日本の学校へ通う理由をでっち上げれば多少は治まりがいいだろう」

「例えば?」

 いかにもありえそうな事を幾つか、考えをまとめながら書き付ける一輝の傍らで沙織と瞬が頷いたり、それは幾らなんでもと否定したり。
そして幾つ目かの提案。

「……海外留学させたはずの子供らが、手違いで紛争地や僻地に働き手として送られていたのを見つけた、とか」

「それにしましょう。不幸な話題なら、あまり突っ込んで聞いて来ないでしょうから」

「うん。僕もこれがいいと思うな」

 一輝としては過去に出会った少女を思い出す嫌な内容であったが、確かに過酷な環境に異国の子供がたった1人で放り込まれていた理由としては妥当だろう。

 実際にギリシアに送られた星矢以外は皆、人間の生活不能環境とも言えるような僻地であるし、聖戦という神々の紛争にも巻き込まれたのだから全くの嘘とも言い切れない状況だ。
 
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