Happily Ever After

□Saint School Life
7ページ/46ページ

UP DATE:2020/08/21 write by kaeruco。
[http://id54.fm-p.jp/120/iscreamman/]

 それと、氷河はまだ癒えぬ左目を白い医療用眼帯で覆っているのは普段と変わらないが、一輝と瞬に紫龍はフレームのしっかりした眼鏡を装着している。
これは『事故による負傷で視野が部分的に欠損している』という素人には一見して判断不可能な理由で球技や格闘技などの体育の授業を回避し、うっかり聖闘士の能力を発揮しない予防線である。

 星矢も見た目こそ健常だが内臓に致命的なダメージを受けた怪我から復帰したばかり、という内容の診断書をつけて当面の体育は見学が厳命されている。
実際、彼らは常人なら何度か死んでいる怪我を何度も負ってきたので、学園に提出された診断書は本物だ。

 ただ一輝に関しては長めの前髪と黒縁眼鏡のフレームで眉間の傷と威圧感の半端ない鋭い目を誤魔化す目的があり、瞬は単に兄とのお揃いを希望しての伊達である。
この2人は厳しい戦いを彼らと共に潜り抜けてきたのだが、防御力と再生力に極振りされた聖衣のおかげか目立って大きな負傷をしていない。
本当に眼鏡は飾りなのだ。

 しかし一輝が長めで癖の強い前髪と眼鏡でその強烈な目力を隠し、鍛え上げ引き締まった肉体をややダボついた制服でヒョロいと誤認させてしまうと途端に内向的なオタク青年にしか見えなくなったのはどういうことか。
届いた制服を試着して見せ合った時、本来の姿とは真逆とも言える格好で現れた一輝に実の弟以外は揃って「誰だお前」と叫んだのも無理はない。
尚、これは言うまでもないと思うが、実の弟の感想はブレる事なく「兄さんかっこいい」であった。

 それと10代半ばの日本人としては相当に大柄な檄と蛮の制服は当然ながら特注なのだが、才能ある若者を募ってきたグラード学園には彼らに比肩する体格のスポーツ特待生も各学年に数人いるから悪目立ちはしなさそうではある。

 さて、兄弟たちが玄関ホールで互いに身嗜みや忘れ物の有無を確認しあっていると、4〜5人前の行楽弁当でも入っていそうなトートバッグを9つ載せたワゴンが使用人として働く居候らによって運び込まれてきた。
厨房で見習い料理人をしているイタリア人───通称、カニが声を張り上げる。

「おーし、ガキ共! 弁当忘れんなよー!」

 元の通り名は邸で働く一般人には呼びづらく、本名は忘れたの一点張りで口にしないこのイタリア男には便宜上『カルキノス』という仮名が与えられている。
しかし蟹座の神話に登場する大蟹の名は日本人には馴染みのない語感と本人が気に入らないこともあり、結局は由来の星座名そのものが愛称として定着しているのは仕方がないだろう。
厨房にいるイタリア料理を学んだ料理人などは『グランキオ』と呼んだりもするが、結局はイタリア語での蟹だ。

 ワゴンに群がって自分の名札が付けられたトートバッグを手にする兄弟達の中、唯一標準的な弁当箱を鞄に収めるのは一輝である。
実はこの弁当は彼の手による物で、偉そうにしているイタリア男は未だ弁当文化に慣れていない為にアシスタント扱いだ。

 一輝は幼少時から弟の面倒を見てきたから、という理由だけで家事の一切をほぼ完璧に熟す。
瞬も生まれた時から兄に世話を焼かれ、離乳食から兄の手料理に慣れ親しんだお陰で味覚が『お袋の味=兄さんのご飯』となっている。
故にかわいい弟の「お邸での料理人さんのご飯も美味しいけど、たまには兄さんのご飯が食べたい」という細やかなわがままに自分の弁当を作るついでになるから月曜日の昼だけと限定付きで応えてしまう。

 おまけに己と敵に対しては厳しすぎる程な癖に身内に対しては極めて甘いので同胎の弟1人だけを贔屓せず、他の異母兄弟どころか家長と居候たちの分まで用意しだしたのだ。
揃って大喰らいの総勢16人分───実質50人前近い、もはや仕出し屋の仕事とも思える弁当を。

 持ったトートバッグの重さから中身を予想して盛り上がる兄弟たちに、ホールの一角に据えられた古い大時計を示して居候達が兄弟たちに登校を促す。

「君たち、そろそろ出なければ遅れるのではないか?」

「弁当の中身なんざ昼に分かるんだ。さっさと行きやがれ、ガキ共」

「車を轢かないよう、気をつけてな」

 よくある冗談を半ば本気で付け加えられると、それぞれのテンションで登校の挨拶をして兄弟達は玄関を出ていく。

「「「「いってきまーすっ!」」」」
「いってくるでザンスー」
「「「いってきます」」」
「「いってくる」」
 
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ