Happily Ever After

□Golden Japanese Diarys
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UP DATE:2020/09/22 write by kaeruco。
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 Golden Japanese Diarys
【Happily Ever After番外編】
03:clothing 03〔衣類 その3〕


 和やかに始まろうとしていたその日の朝食は全員揃った所で、家長たる沙織の宣言により時が止まった。

「今週末、呉服屋さんが来ますから皆で浴衣を仕立てますよ。反物と帯を選んで、それに合わせた履物や小物も注文しますからね」

 夏の盛りに行われるお祭りなどへ着て行く浴衣を作る、というのは前々から話が出ていた事である。
だから、それについてはほぼ全員が覚悟もしていたし、多くの者が楽しみにしていた。
問題なのは、わざわざ呉服屋を呼んだ事である。

 城戸家御用達の呉服屋となれば、何を選んだところで一般的な勤め人の稼ぎで数ヶ月分になるのは前回のテーラーとのやり取りの中で悟った。
それでも一応、付け焼き刃ではあるが浴衣について邸の書庫に積まれた蔵書から色々と調べてみたのだが、それがよくない。

 和服は反物の値段だけでも天井知らずであったからだ。
素材の希少性や、染色や織り手など職人の減少から高級品は年々高騰している。
しかも規格外の体格を持つ居候と兄弟には着物一式だけでなく履物まで特別注文となるのだから、その分が価格に上乗せされるに決まっている。

 支払いについては問題ないと理解していても、落ち着きのない誰かがはしゃぎ過ぎて全員の浴衣を駄目にしてしまうのでは、という不安からは逃れられない。

「……お嬢さん。全員、浴衣で大丈夫だと思うか?」

 問い掛ける一輝は沙織ではなく、末弟2人───星矢と邪武を見ている。
その意図を察した沙織は暫し黙考した後、朗らかな笑みを浮かべた。

「……そうね。浴衣だけではもったいないし、一緒に甚兵衛か作務衣も仕立てて貰いましょう。あら、羽織も必要かしら?」

 何がもったいないのかは明言せずに買い物の追加を提案する沙織の弾む声に、藪蛇だったと一輝は眉を顰める。
できるなら諦めさせたいのが本心だが、アイツらが何をしでかすか予想がつかないなら予備も必要、と無理やり考えを改めて耐えた。
物欲が薄い一輝には、持つ者として意識せずに経済を回すのはまだ難しく、意識していてもひどく気疲れする。

「ア……いえ、沙織嬢、ジンベエやサムエとはなんでしょう?」

 うっかり人前では呼んではならない神名で呼びそうになりながら、サガが問う。
ユカタはこの邸で目覚めてから日常着が揃うまでの間に着せられていたので分かるのだが、今朝になって加わった衣服の名称は聞き覚えがなかった。

「作務衣というのは和装のアンサンブルよ。甚兵衛は夏用の作務衣と言えば良いかしら?」

「作務衣は作業がしやすいよう着物を分割して、下をパンツ仕立てにした物だ。甚兵衛は袖や裾を短くしたり脇を開けて縫い合わせて風通しをよくしてある」

 沙織と一輝の簡単な説明に大体の形を兄弟と居候が想像して納得した所で、全員のテーブルに給仕が朝食の飲み物を用意する。
紅茶やコーヒーの銘柄や煎れ方はもちろん、ミルクは産地や搾乳する牛の種類、ジュースは搾りたてか還元果汁か、ただの水も温度だけでなくガスの有無や硬度まで個々の好みに通りに。

「それじゃあ、いただきましょうか」

 沙織の言葉で止まっていた朝食が始まり、ようやくそれぞれの1日が動き出すのだった。

 
★ ☆ ★ ☆ ★



 ここ数年使われる機会は少なくなっていたが、城戸邸の東側には和風建築の離れが1棟建っていた。
海外からの客人をもてなす為に造られたもので、茶室も備えた数寄屋造りの平屋は宴席を設けるにも寝泊まりするにも充分な広さがあり、周囲の庭園もこの一角だけは池を中心に築山や四阿まで日本風に整えられている。

 あの朝食から数日後───絵に描いたようなエキゾチックな光景に普段は大人しい外国で生まれ育った居候たちと兄弟のテンションが爆上げした。
好奇心に満ちた目で入り口と背後の家人を交互に見やり、入室の許可を待ちわびるギリシャ人の双子とロシア系のダブル、それから感極まって茫然と佇むスペイン人はいい。
 
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