Happily Ever After

□Golden Japanese Diarys
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UP DATE:2020/09/24 write by kaeruco。
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 Golden Japanese Diarys
【Happily Ever After番外編】
05:food 01〔食べ物 その1〕


 城戸家の朝食は英国式のブレックファーストである。
飲み物は紅茶かコーヒーかだけではなくそれぞれ銘柄や抽出時間、ミルクも搾乳する牛の種類や温度まで問われ、ジュースやただの水ですら細やかに好みを指定する。
玉子や付け合わせの調理法、パンの種類やスライスの厚みにトーストの加減、パターやジャムなどのスプレッドまで自分の希望を給仕に伝え、全て用意して貰うのだ。
別の物がいいと事前に伝えておけば、和食でも中華でも、材料と料理人が調達できる限りは要望通りに整えられる。

 これは文化的どころか文明的な生活に慣れていない兄弟たちが使用人を使う訓練を兼ねている為、自分で勝手に用意したり片付けたりはしてはならない決まりだ。
施設暮らしで身についた自分の事は自分でする精神を発揮しておかわりを求めに立ち上がったり、食べ終わった皿を下げようとしたら沙織お嬢様直々のお仕置きが待っている。

 一応、お仕置きは身体的には害のない範囲でと確約されているが、最初に失敗した星矢がその日は終日『沙織お姉様』と呼ぶよう厳命されたのだ。
このお仕置きは精神的な負担が半端ない、幻魔拳並みだ、と震え上がった兄弟たちは以来、大変な緊張感を持って朝食に臨んでいる。

 そんな朝食の席で食に拘りを持つ居候が、一輝の皿を見咎めた。

「おいおい、にぃちゃん。そんなダイエット中のOLみたいな量で足りんのか?」

「余計なお世話だ。これでも修行地にいた頃の1日分より多い」

 からかい交じりの言葉を受け流した一輝の皿を見た城戸家の全員が注視し、待ったをかける。

「待って、一輝。貴方、修行地でどんな食生活をしていたの?」

「……どんなって、そうだな……。量としては、1日分がこんなものだったが?」

 そう言って自分のパンにベーコンをひと切れ追加し、水の入ったグラスを隣に置いてみせた。
パンは薄切りのトースト1枚きりでバターやジャムは何も塗られていないし、ベーコンだって欠片のようなものでしかない。
実際はこんなに柔らかで風味豊かな焼きたてのホテルブレットではなく、全粒粉を焼き締めた日持ちだけを優先した硬いパンだっただろうし、ベーコンもより保存性の高い塩漬け肉だったかもしれない。
水はきっと、あまり衛生的ではなかっただろう。
どう考えても育ち盛りの少年には1回分としても不足なそれが6年間の平均的な1日の食事だった、という事は何も口にできない日もあったのではなかろうか。

「……本当に、それだけだったのか?……」

「ああ。絶海の孤島で物資の供給が滞りがちでな。気温が高すぎて食料になる農作物は育たないし、近海の魚介類は海底から噴き出す火山ガスに群がるヤツばかりで、人が食えるものはいなかった。渡り鳥の季節は少し肉が食えたが。まあ、なにより飲める水がなかった」

 定期的に物資を運搬する船はあったけれど、海が荒れれば数日から数週間は供給が絶たれる。
保存食を備蓄しようにも火山ガスの影響で金属の劣化が早く進むせいで缶詰や金蓋の瓶詰めなどは密閉性が保てないし、高温多湿な環境ではいくら塩を増しても干し肉や干し魚の腐敗が早い。

 赤道直下の熱帯の島であったから麦や稲など温暖な地域で育つ作物は育ちが悪く、暑さのせいで受粉を助ける虫がいないので虫媒植物はまず実らない。
辛うじて葉物野菜や根菜は育つようだが、火山灰交じりの酸性雨に当たれば作物は立ち枯れてしまうし、雨水は中和させなければ生活用水にも使えなかった。
湧き水も無くはなかったけれど、貴重な水場は島の住民達で管理していたから余所者である一輝が『湯水のように』自由に水を使うなどできない。

 どうやって生きていたのか不思議な状況下を確かに生き抜いた一輝は、もう済んだことだと締めくくる。

「だから俺は、これで充分だ」

 しかし、沙織は「そういう場所だと分かっていて送り込んだんだろう?」と責められた気がした。
あの頃は聖域に居た者たちも「お前たちは知っているはずだよな?」と問われているように聞こえていた。
 
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