You'll never walk alone

□彼女の価値
1ページ/2ページ



彼女の価値
〜 Lost Complex 〜
 



「春野、これなんだがなあ……」

 先生が差し出したのは、昨日やった計算テストの答案。

 真っ赤な×が並んだ一番上に、たった一つだけの丸。
 零点だ。

 名前は、春野サクラ。

「答えは合ってんだよ。でもなあ、答えだけじゃあ正解にはできないんだ」

 計算テストの次の日は、必ず呼び出される。

 先生たちは言うことも、いつも同じ。

───答えは全部合っているけれど、答えだけでは正解じゃない

───怒らないから、正直に言ってごらん

「……でも、ワタシ……カンニングなんか、してませんっ」

 いつも、それだけを言うのが精一杯だった。

 先生たちは、ここで声を荒げるか、呆れる。

 なんで嘘をつくのか。
 なんでカンニングを認めないのか。

 けれど、サクラこそ、教えて欲しかった。

 何故、みんな、サクラがカンニングをしているなんて思うのか。
 
 ただそれが言えなくて、もう何度も同じことを繰り返している。

「うん。それは分かってるよ」

「でもせんせい……」

───信じてないんでしょっ

───だから、呼び出したんでしょ

───本当はカンニングしましたって、言わせたいんでしょ

 そう言いたかったのに、言えなかった。

「春野。106日前は、何月何日だったか、分かるか?」

 先生が困ったように笑いながら、急に変なことを聞いてきたから。

「……いちがつ、にじゅうくにち……」

 考えるというより、突然の質問に戸惑う間。
 淀みのない答えに正解とも誤答とも言わず、先生は次の質問を口にした。

「じゃあ、18年前の5月26日は何曜日かな?」

「もくようび……」

 訝しげに答えるサクラは、この質問で先生が何を知ろうとしていたのか分からない。

「そうか」

 でも先生は、どこか嬉しそうに、そして申し訳なさそうに笑う。

「やっぱり、お前はカンニングしてなかったんだな」

 そんな風に言って、広い額を隠している前髪もお構いなしに、大きくて温かな手でわしわしと撫でられた。

「ゴメンな、今まで証明してやれないで。辛かっただろう」
 
 お父さんにやられると嫌なのに、なぜか先生がすると平気だった。

 ちゃんと自分を分かってくれる。
 そんな気がした。

「でもな、春野。お前もちゃんと言ってくれないとダメじゃないか」

「……だって、」

 怒るばっかりで、先生たちは誰も話を聞いてくれなかった。

 そう言いたかったけれど、そうしたら先生も怒るかもしれない。
 そう思って口ごもるサクラを覗き込むように、先生は言う。

「先生たちも、ちゃんとお前の話を聞いてやれなかったのは悪かったしな」

 もう一度、ゴメンなと繰り返して、先生はマジメな顔をした。

「春野、勉強好きか?」

「うん」

「そうかー。先生は子供の頃、苦手でなー。いっつも、先生に怒られてたぞ」

「うそ」

「嘘なもんか」

「だって、せんせいなのに……」

「今はな。でもガキの頃はオチコボレでな。しょっちゅう怒鳴られてたなあ」

 うみのー、マジメにやらんかーって。

 昔の──先生の先生の真似で怒鳴ってみせると、一瞬驚いたサクラもすぐに気が抜けて噴出してしまう。

「お、そうだ、こんど火影様に聞いてみろ」
 
 
write by kaeruco。
[http://id54.fm-p.jp/120/iscreamman/]

次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ