You'll never walk alone
□悪戯の神
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悪戯の神
〜 Genius Loki 〜
日の傾きかけた、妙な薄暗さに抱かれたアカデミーの廊下を、シカマルはゆっくりと歩く。
向かう先は、自習室。
ただ目的は自主的な学習でも、教師に言われての補習でもない。
もっと別のことで、ある教師を訪ねていくところだ。
しかし、耳に慣れた──それにしてはやたらとたどたどしい、石を打つ音が聞こえる。
「……んー」
誰か自分以外にも、あの先生に相手をしてもらっている人間がいたらしい。
見知らぬ者に挨拶をしたり、ということに面倒くささを感じて足が止まりかける。
だが、すぐに、思い直した。
あの先生が居るなら、どんな人間が居てもそう煩いことにはならないし、殆どの面倒は被ってくれる。
あの面倒見の良さやお人好し加減は、ちょっと忍者らしくないよなと教え子のシカマルが思う程だ。
けれど、そう呟いた言葉を父親にたしなめられるまでもなく、分かっている。
人間としても、忍びとしても、今の自分たちを教え導くには最適な人だと。
「おう、シカマル」
シカマルも多少は気を使って静かにドアを開けたつもりだが、途端に先生の声が掛かる。
それでも長考に入った相手に遠慮してか、盤上を見つめていた顔と片手を上げただけだった。
「相手、誰?」
小声で囁きながら、相手と盤上を覗き込む。
見覚えはない。
たぶん、くのいちクラスの女の子なのだろう。
長く伸ばした前髪で、俯いた表情が見えなかった。
手筋はよくない。
というか、拙い。
まだ覚えたてで、指導碁を打ってもらっているのだろう。
盤上は定石が何箇所かで展開していた。
「面白いだろう」
どちらに問うた言葉だったのかシカマルが問い返そうとした時、ぱちりと石が打たれた。
その手も、すかさず打ち返す先生の手も定石通り。
この、ありきたりの手のどこが面白いというのか。
そう思ったシカマルへ、心底面白そうに盤上を見つめたままで先生は言う。
「サクラはほんの2、30分前に初めて石を持ったんだ」
「……へえ」
それだけの時間でこれだけの手筋を覚えたのなら対したものだ。
しかし、それを応用するところまではいっていないのも事実。
定石通りに打ち返す先生の手に、切り回されてしまっている。
そして、もう定石通りに打ってないところまできていた。
女の子は心持ち顔を上げ、上目遣いに先生を見ている。
「どうした、サクラ?」
「……こういう時、ここに、打ったらいいと思うんですけど……」
ぼそぼそと自信なさげに示した手に、シカマルは一瞬息を呑む。
自分がこれまで何局も打ってきた中で探し出した、この盤での最善手だ。
それを、ほんの数十分でルールと定石を覚えた人間が打とうとしている。
「うん。サクラがそう思うなら、打ってみたらいい」
いつもの先生の顔で答えている人に、シカマルは呟く。
「イルカ先生、アンタ……」
昔、悪戯小僧だったろ。
【了】
‡蛙娘。@iscreamman‡
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WRITE:2005/08/20
UP DATE:2005/08/22(PC)
2009/11/05(mobile)
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