カカイル2

□先生は女中様
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先生は女中様
〜 カカ誕2014 〜

 


 寝室の窓から射し込む秋の陽射しと、心持ち肌寒く思う朝の空気に、ゆったりとカカシの意識が浮上する。
 穏やかな目覚めは隣に慣れた温もりがないせいで、代わりに階段を密やかに上がる人の気配と昆布と炒り子の利いた味噌汁の匂いがした。

「旦那様、そろそろお目覚めでしょうか?」

 部屋の外から覚えのない呼称で呼びかけられ、一瞬首を傾げる。
 だが、すぐに理由を思い出し、ニンマリと口の端を上げた。

「……んー。そっろそろ、起っきようかなー」

 折角の仮想主従関係なので普段より甘えて───いっそ朝っぱらからイチャイチャしたいなあ、と考えて呼び込もうとするより先に、素っ気なく事務的な応対が返る。
 
「左様ですか。では、朝餉の用意をしておきます」

「……は?」

 今、会話を交わしたのは間違いなく同棲中の恋人であるイルカだ。

 必要な場面であれば上下関係を弁えた言葉使いができるが、平素は男らしく大雑把で若さ故か存外に口が悪い人でもある。
 カカシに対しても恋人としての気安さより年齢や階級を慮ってか割合丁寧な話し方が常だが、ここまで他人行儀ではなく、時々は素の伝法な口調で突っかかってくる事さえあった。

 まあ、今日だけはカカシが望んだからだろう。

 そう結論づけたカカシは用意されていた普段着───なんの装備もなく、仕込みをしていない忍服───に着替え、寝室を出て階段を下りて行く。
 洗面所で顔を洗って歯を磨き、適当に手櫛で髪を整えて、いつも食事をする居間へと向かう。

 引き戸を開ければ、カカシが日々座る席にだけ、朝食の用意がされていた。

 香ばしい焼きたての鮭の切身の隣には、大根おろしと生姜の甘酢漬けが盛られている。
 皿に並んだ色鮮やかな玉子焼きは小口切りにした葱が巻き込んであるようだ。
 ナスやキュウリのぬか漬けに根菜の煮しめやイカの酢味噌和えの小鉢と、出汁に使った昆布や炒り子から作った自家製ふりかけの蓋付き鉢。

 いつもより手の込んだ朝の支度。
 なのに一人分だけが並ぶ食卓はひどく寂しく見える。

 もしや朝食には遅い時間なのかと時計を確認するが、寝坊を決め込んだ休日であればまだ寝ている頃。
 所在なく食卓を眺めていると、台所に通じる扉が開いてイルカが姿を表した。

「おはようございますます、旦那様」

「あ、おは……」

 よう、と続く言葉を飲み込んだカカシはイルカを凝視する。

 見慣れない清潔な割烹着に、街道端の茶店などで娘たちが着ているような黒襟で鮮やかな色合いの紬。
 千鳥格子の手拭いを姉さん被りにし、普段は高く結い上げている髪を襟足で丸髷にしていた。
 手にした盆には湯気の立つ炊きたての白米を盛った飯茶碗と、野菜をたっぷり使った具沢山な味噌汁の汁椀に薬味の浅葱とおろし生姜を添えた小皿。

「旦那様、いかがされましたか?」

 格好だけでなく、仕草も口調も完璧に素封家の家政婦だ。
 しかも長く仕えて主人の信頼を得て、家内の一切を取り仕切るよう任された女中頭といった貫禄すらうかがわせる。
 
 
write by kaeruco。
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