カカイル2

□温室
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温室

〜 10周年お礼:ネタ帳 〜



 外界から隔絶された霧深く木々の生い茂る山間に、修道院のように厳かで宮殿の如く壮麗な装飾を施された石造りの建物が建ち並んでいる。
 ここは世界中から才能ある子供達が集う、伝統ある全寮制の学園。
 けれどこれ程の規模がありながら人里離れた場所にあるのは、学んでいるのが世間一般の学問だけではないからだ。
 ここは秘匿されたこの世の理《ことわり》を言葉で操る方法───いわゆる、魔法を学ぶ場所。
 魔法の学園である。


 * * * * *

 
 学園に五つある学生寮は各棟の合間に独創的な庭園が造成されている───というのは建前で、その庭は外部からの侵入と学生の脱走を防止する防壁であり、複雑怪奇な迷路である。
 もちろん寮に近い部分はまだ庭園としての体裁を保っており、慣れれば半ばまで散歩することもできるのだが、奥へ迷い込んだら色々と危険だと言われていて天気の良い日でも庭に生徒の姿は殆どない。

 だからこそ、複雑に入り組んだ生垣と小川を抜けた庭の中央で忘れ去られ朽ちかけた温室が、春と秋の期間限定でカカシの隠れ家となっていた。

 洒落た鳥篭を模して流麗かつ装飾的だった外観は鉄枠全体に赤く錆が浮き、茨や蔦が繁茂し絡みついている。
 硝子は全て割れていて既に温室としての役割はなく、かつては様々な植物が並んでいたであろう内部も中央に据え付けられた水の枯れた噴水の傍に風雨に晒されっぱなしの古びたベンチが一つ置き去りにされているだけだ。

 快適に過ごせる期間は限定されるが、同じ学園で学ぶ同級生とは馴染めないカカシにとっては貴重な一人の空間である。

 この学園で暮らして既に四年。
 今日のように授業のない午後の自由時間、談話室や自習室は多くの生徒が騒ぎ立てて煩わしく、一人部屋ではない寮室内でも寛げない。

 他の場所では学べない、世界の秘密とも言うべき魔法を修得できるこの学園は、その授業内容の特殊さ故に飛び級が認められていなかった。
 そのせいで同年代と比べると飛び抜けて習熟度が早く、また高いカカシはひどく浮いた存在である。
 人嫌いではないつもりだが、友人と呼べるのは年上の上級生、その中でもあらゆる意味で賢く話の判る限られた数人だけだろう。

 今日も素通しとなった温室に放置された古い長椅子で年上の友人から借りた上級の魔法書を紐解く───つもりでいたのだが、予想外の先客がいて驚いた。

「……まいったね、こりゃ……」

 カカシの専有だった場所で、小さな身体を猫の様に丸めて寝息を立てる新入生には見憶えがある。
 他人の噂になど興味のないカカシの耳にも登る程に、同じ寮で暮らすこの子供は有名だった。
 要領の悪い劣等生のくせに生意気で、上級生に目をつけられて何かといびられている───らしい、と。

「ふぅん。この子がイルカくん、ね……」
 
 

write by kaeruco。
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