カカイル2

□彼その愛を我に注げるが故に、我これを助けん。
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彼その愛を我に注げるが故に、我これを助けん。
 〜 iscreamman 5th Anniversary & 50,000hits Memorial 〜





 午後の穏やかな陽光の下、長靴に準えられるイタリア半島──その踵につけられた拍車の如くアドリア海に突き出したガルガノ岬を煤けた色をした型の古いフィアットが走る。

 一帯は風光明媚な土地ではあったがさしたる名所もなく、交通も不便なせいで観光客などまず訪れたりはしない。
 この田舎道の先には古い修道院に手を入れてなんとか住めるようにした小さな孤児院があるだけだ。
 
 では目的地はその孤児院で、これから養子でも迎えに行くのか、それとも身寄りを亡くした子供を預けに行くのだろうか。

 しかし、乗っているのは、運転している若い男だけ。

 わざわざ養子を迎え入れなければならないような年齢にも、かと言ってかつてをそこで過ごした者の里帰りとも、見えない。
 好意的に見て、若くして成功した篤志家が支援する孤児院へ視察に来た、というところだろうか。

 ただそうだとしても、男の際立った容姿は牧歌的な田舎の風景の中ではあまりにも異質だ。

 生地も仕立ても選りすぐられた深い海の色をしたスーツと宵闇色のシャツ、白く細めのネクタイ、光沢ある飴色の革ベルトとシューズ。
 どれも名のあるメゾンの最新コレクションかオートクチュールであろうそれらを、嫌味も隙もなく着こなす男の長身痩躯は程良く鍛えられている。
 灰白色の髪は軽やかかつ無造作に流されていて、すっきりと整った怜悧な容貌のせいかファッション関連の仕事をしているようにも思えた。
 前髪で隠された左目を縦に塞ぐ傷痕と、底知れぬ凍てついた湖に似た右目に宿る獰猛さに気づかなければ。
 
 身形と立ち居振る舞いは洗練されているのに、目は暗い闇を湛えている。
 そんな男を拒絶するかのように、行く手を堅牢な石造りの門塀が阻んだ。

 かつて戦乱の時代に近隣の住民達を守る砦としても使われたらしい修道院の狭き門は車1台が通る幅はなく、扉も堅く分厚い木材に鉄板を渡して補強までされている。

 仕方なく車を降りた男は扉につけられた黒いノッカーを握り、だが急かすでもなく3回、確実に打ちつけた。
 しばらくして扉の向こうから聞こえた誰何の問い掛けは、彼と同じ年頃と思しき若いけれど穏やかな男の声で返る。

「我が主の愛し子らの家に、何の御用でしょうか?」

「あなたに、ちぃっとばかしご相談がありまして。開けてくださいませんか、修道士サマ?」

 友好的に、というよりはただ軽薄な口調で応え、面会を願えば呆れを隠しもしない深い溜め息の後、軋みをあげながらもゆっくりと門の木戸は開かれた。

 男を出迎えたのは、やはり年の頃はそう変わらない、まだ神学校を出たばかりの修練士──見習い修道士と見える若い男。

 長く伸ばした黒髪を引っ詰め気味に高い位置で結い上げ、飾り気のない簡素な生成色の修道士の衣服をまとっている。
 聖職者らしく人の良さが滲み出ている顔立ちは、鼻筋を跨いで斬りつけられたような傷痕すら愛嬌と感じられた。

 
write by kaeruco。
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