カカイル2
□彼その愛を我に注げるが故に、我これを助けん。
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それでいて、男を出迎える挨拶の言葉には、鋭利な棘を含ませたりもするのだが。
「これはこれは、ミッレマーノの次期カポと名高い方がわざわざお越しくださるとは」
「ははっ、マフィアでもないチンピラ風情に不相応なことを言いますねぇ」
知り合いででもあったのか、2人は名乗りもせずに互いに形だけの笑みを浮かべて上っ面な会話を交わした。
「さすが、3代目(テルツォ)の懐刀と謳われただけのお人だ」
「あなたこそ、貧乏孤児院を支えるに精一杯なしがない主の僕に酷い言い種ではないですか」
そんなことでは、いつか主の怒りを買いますよ。
人の良い笑顔で辛辣な言葉を吐きながら、修道士は扉を大きく開いて男を招き入れる。
「立ち話もなんですし、コーヒーくらいはお出ししますよ。お入りください」
「そりゃ、どーも」
遠慮なく、けれどゆったりとした足取りで男が門も抜けると、修道士の手によって扉は再び閉ざされた。
石積みの塀に囲まれた修道院の敷地は思いの外、広い。
敷地の中央に建つ礼拝堂を挟んで右手──東側に孤児院とささやかな野菜畑、西側に果樹園と薬草の畑が造られていた。
だが、どこもかしこも手入れが行き届いているようには見えず、また子供たちの姿も見当たらない。
孤児院の飾り気のない応接室へと通された男は、不思議そうに問う。
「ずいぶんと、静かですねえ?」
「先日、最後の子供達を送り出しましたからね。もう誰もいないのですよ」
修道士は感慨深げに、男を出迎えた時の刺々しさなど感じさせない柔らかな、けれど淋しさも抱えた儚い微笑を返す。
そんな修道士の表情を眺め、質素というより素っ気ない景色のデミタスカップを手に取った男はマキネッタで抽出されたのであろうクレマ──黄金色の泡も立っていないエスプレッソの香りを嗅ぎ、ゆっくりと味わう。
昨今流行りだした簡便なカプセル式エスプレッソマシーンなど置いていないだろうから、この珈琲は修道士自らが豆を焙煎し、挽いたのかもしれない。
古く硬い革張りのソファ同様、どこか懐かしさを感じさせる雑味の多い香りがした。
「それで?」
男と向かい合って、揃いのデミタスカップを手に、修道士は問いかける。
「閉鎖間近な孤児院に、何の御用でいらしたんです? カポ・レジーム?」
それはシチリアン・マフィアのファミリーに置ける上位者──つまり、幹部を示す言葉だ。
けれど、男はマフィアではない。
シチリア島の生まれでも、純粋なイタリア人でもなかったから──マフィアとは呼ばれない。
だが、マフィアのような組織の者ではあった。
かつての動乱の時代、家族を守る為に血族が集結して生まれたシチリア島のマフィアに似たような組織は、今もイタリア各地に存在する。
男が所属するのは、南イタリアのガルガノ岬に流れ着いた遠く極東の血を引く人々のコミュニティ──創設者の家名からミッレマーノと呼ばれるファミリーだった。
この孤児院とて、ミッレマーノの3代目が病気や事故、そして抗争で親を亡くして孤児となったファミリーの子供達を呼び集めて設立したものである。
つまり、男だけでなく修道士もまた、ミッレマーノのファミリーに属する者であった。
「ここは閉鎖されるんでしょう?」
かつての大規模な抗争で孤児となった子供達は皆、成長し、巣立って行った。
write by kaeruco。
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