カカイル2
□LDK
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LDK
〜 Love Dxxx Kitchen 〜
「……ソラニン、か」
単身者用の狭い台所でとろとろと煮え立つ鍋を見ながら、借りた本のページを繰って物騒な言葉を呟いたイルカは思考を巡らせる。
───あの人に効く毒が、あるだろうか
殺したい訳ではない。
ただ純粋な知的好奇心と野次馬根性混じりの興味が止められなかった。
読んでいるのは知人に薦められて───というか、半ば押し付けられるように借りた恋愛小説。
登場するのは1組の夫婦と、それぞれの浮気相手。
甘く気恥ずかしい恋愛描写は殆どなく、夫婦が浮気相手越しにお互いに向ける感情───それは愛情より執着と呼ぶべき物であるように読み取れる───を淡々と描いていて、薦めてくれた人の言葉通り「サスペンススリラーかサイコホラー」という分類でもいいくらい、生々しく読後感がよろしくない。
なにしろ妻は夫に宣言している。
浮気をしたなら、あなたを殺してわたしも死ぬわ、と。
それ程までの情熱を抱いていながら、彼女自身はなんの罪悪感もなく別の男と寝ている。
───女性は怖い、な
とりあえず、男の身ではとてもこの話をラブストーリーとは受け取れない。
言われた通り、怪奇小説かなんかだと思わなければ読み進むのも戸惑ってしまう。
だって、この物語の妻が台所で料理をしながら思うのは、毒のことだ。
愛する夫と心中する為に。
ジャガイモの芽に含まれるソラニン。
そんな身近で手に入る植物毒を、美味しくいっぱい食べさせるレシピを考えている。
ジャガイモは茹でたり焼いたり揚げたり色々な料理で使う。
皮だって、揚げ焼きや炒め煮にして食べられる。
毒性の強い芽だけを集めて、甘辛い佃煮にだって。
美味しいかもしれない、と思ってしまい、痛感する。
「本当に、怖いよなぁ」
信頼してる人間の作る料理に、愛情と殺意。
どちらが隠し味なのか。
愛しているから、殺してしまいたい。
そんな気持ちが、分からなくもない。
「……なんて」
なんという、自分勝手な愛情か。
それほど執着するなら、もっと2人で楽しく生きることを考えればいいのに。
そう思うけれど、ダメだ。
なにより彼らは独りで過ごすことを楽しみとしている。
そんな2人が夫婦としてやっていこうと思っても、無理だろう。
どちらかが折れ、相手に沿わなければどこまで行っても交わることがない。
まるで平行線のような。
「平行線、か……」
似ているけれど、重なる所のない相手。
その姿が思い浮かんで、口の中が苦くなる。
「……分かってるさ。そんなこと」
栞も挟まず閉じた本を食卓に伏せて立ち上がったイルカはコンロの火を消し、流しに置いた笊へ煮えた鍋の中身を開けた。
ほろほろと煮崩れる寸前まで茹で上がった賽の目切りのジャガイモとニンジンの中から殻付きの玉子を菜箸とお玉で鍋に戻し、流水に浸してあら熱を取っていく。
ある程度冷えた玉子を水の中でかち合わせて殻全体に細かいヒビを入ると、殻はつるりと剥けた。
ボウルに茹でたジャガイモとニンジンを移して塩胡椒を振り、塩揉みしておいた玉ねぎとキュウリのスライスと8つに割ったゆで卵、水切りしたヨーグルトを加えて混ぜ合わせる。
write by kaeruco。
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