カカイル2

□LDK
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 夕食はこのポテトサラダにナスの味噌汁を温め、先日貰ったサンマの干物を焼けばいい。
 ナスやキュウリの残りは浅漬けにしてあるし、飯もそろそろ炊き上がる。
 晩酌用に買い溜めしたビールも程よく冷えているはずだ。

 洗い物を終えて手を拭き、食卓に戻ったイルカは伏せていた本の続きに目を落とす。

 物語は差したる起伏もこれという波乱もなく日常のまま、けれどどこか不安定に揺れながら終盤に差し掛かっていた。
 妻は若い恋人を捨て、夫は秘密を持ち続けることを選ぶ。
 お互い、これからも夫婦としてやっていく為に。
 そこへ投げ込まれるのは、ソラニンより強い毒性を持つ毒草のトリカブト。

 山菜として食べられるモミジガサや、観賞用に親しまれるニリンソウと間違う事故も多いけれど、生薬としても利用されている植物だ。
 どれくらいなら薬効があり、死に至るのか、アカデミーで教鞭を取るイルカには知識がある。

 だから、知っている。
 毒と薬は同じものだ、と。
 体質にもよるけれど、無害な物もしくは良い作用を持つ物、人にとって欠かせない物。
 そのどれもが、ある一定の量を越えた時は毒となる。
 不足すれば命に関わる水や塩、酸素だって、過剰に摂取すれば害になるのだ。

 だから、きっと、と考えてしまう。
 あの男と自分を死にたらしめる毒が存在すると。
 それを手にしたら。

「……なんて」

「どーかしましたー?」

 不意にかかる声に驚くこともなくイルカは顔を上げ、しかし思いの外近く───背後にその人の存在を感じて息を呑んだ。
 ここまで近付かれても、気づけなかったことに、舌打ちしたくなる。
 いや、互いの実力差を鑑みれば、仕方ないけれど、でも。

「いらっしゃい、カカシさん」

「ただいま、イルカ先生」

 振り返って出迎えるイルカの手元を覗き込んで、カカシはまるで家人のように言う。
 ここはイルカが借りている単身者用の集合住宅で、カカシの自宅は別にあるのに。

「珍しいですね。先生が小説なんて」

 イルカが読むのは殆どが教育関係の実用書か学術書で、小説の類いは殆ど読んでこなかった。
 元々は落ちこぼれとされる子供であったから、大人になるにつれて必要な知識を獲るのに必死だったから読書を余暇の楽しみにできなかったのだろう。
 
 一方でカカシは成年指定の通俗小説を愛読書としているけれど、普通の娯楽作品も実用書や学術書も手広く読んでいる。
 しかもその内容も殆ど覚えているのか、彼の知識の豊富さは折々の会話の端々でうかがえた。

「しかも、恋愛小説?」

「知人に薦められて。たまには、いいかなと」

 最後の数ページを残して本を閉じ、イルカは立ち上がろうとした。
 けれど、カカシが背後から覆い被さっているので、椅子を引くこともできない。

「カカシさん、夕食」

「ね、イルカ先生」

 イルカの言葉を遮って殆ど体格も変わらない身を抱き込み、カカシは歌うように囁いた。

「オレの食事にどんな毒を入れたの?」

「さあ」

 空惚けて笑うイルカの頬を撫でる手には、いつの間にか手甲はない。
 素手で触れられる事にも慣れた。
 目を閉じて、受け入れる。

「効けば、分かるんじゃないですか?」

「そーですね」

 ふ、と笑みとも溜め息とも取れる息を吐き出す。
 その瞬間、唇が触れ合った。
 目を開ければ、鼻先が触れ合う距離でカカシが笑っている。

「じゃ、一緒に食べましょーか」

「用意しますから、手を洗ってきてください」

「はーい」
 
 
write by kaeruco。
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