カカイル

□LOVELACE
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LOVELACE

2 抵抗



 叫ぶと同時に蹴り上げた感触に顔をしかめながらも、イルカは勢いに任せて起き上がった。

 これまでに何度か、悪戯や組み手の最中に触れた時とは違う感触の急所。
 それがなぜなのか、はっきりと分からないながらも嫌悪感に全身が鳥肌だっている。

 けれど、そんなことに構っていられる場合ではなかった。

 股間を押さえて悶絶する暗部の情けない姿を後目に、手近な窓へ向かう。

 とっさに描いた逃走経路は、とにかくこの建物から離れること。
 この場所が何処なのか──木ノ葉隠れの里なのかすら分からないが、里から自分を運んで来た暗部の様子からそう離れてはいないはずだ。

 イルカとて忍の端くれ。
 星空から方位や自分の居る位置を知る術は学んでいたし、下忍となってからは実際にそうした経験も積んでいる。
 空さえ見えれば、里に帰り着く自信はあった。

 あと、一歩。
 
 一歩を踏み出せば逃げられただろう、というところで、足首を掴まれた。

「……どこ、行く、つもり?」

 急所を蹴られた痛みに悶えながら獲物は逃がさないあたり、さすがに暗部。

「は、離せよっ!」

「やーだ、よ」

 必死で身を捩るも、足首を掴んだ手を振り払うどころか強く引かれてイルカは体勢を崩した。
 そのまま引き倒され、のし掛かられて再び暗部の体の下に押さえ込まれる。
 締めたままだった額当てが抜かれた、と気づいた時には既に両手首をひとまとめに縛られていた。

「ははっ、ざーんねんでしたー」

 まだ苦しげな色が混じってはいるが、愉快そうな声で揶揄される通り、形勢はまた暗部の優位に戻った。

「ね?」

 獣が仕留めた獲物を吟味するように、組み敷いたイルカの首筋に面越しの鼻先を押し当ててくる。

「自分で、シタことって、あんの?」

 整っていない呼吸の合間に問われても、イルカには思い至ることはない。

「……な、にを?」

「え、知らない? ホントに?」

「だから、なにをだよっ!?」

 驚いた声で重ねて聞かれたところで、イルカにはなんのことやらさっぱりだ。

「へえ……」
 
 さも面白いモノを見つけたと言わんばかりの感嘆を漏らし、暗部の男はイルカの衣服の隙間から手を差しいれてくる。

「え? ……やっ」

 叫び声を上げようと息を吸い込んだ途端に口を塞がれ、振り回そうとした腕も押さえ込まれた。
 両脚さえものし掛かられたままでは身じろぎもできない。

 一体なにをされるのか分からない未知への恐怖に涙が滲む目で睨みつけることが、イルカにできた唯一の抵抗だった。

 しかし、見上げた先で暗部の面は押さえ込んだイルカではなく、立てきられた障子の方を向いている。

 面の中で小さな舌打ちが聞こえたかと思うと、立ち上がって窓辺へと向かった。
 障子に向かって解呪の印を結び、僅かな隙間を作る。
 と、そこから伝言を携えた火影の使役鳥が舞い込んで来た。

「ちぇーっ」

 これからだったのに、とふてくされた子供の声音と共に伝言を握りつぶし、使役鳥を帰して音もなく障子を立てる。
 どうやら任務を与えられたらしい。

「ごめーんね。ちぃーっと待っててよ」
 
 
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