カカイル

□ちいろの海
3ページ/28ページ



 遥か沖にとどまる船を追い散らす術を心得ている者は、いなかった。

「カカシさんなら、なんかあるって思ってたんですけどね」

「あのね。オレだってなんでもできるってワケじゃあないのよ?」

 ゲンマの揶揄に、見たことのない術は使えないとカカシが返す。
 余裕というか、緊張感に乏しい2人を横目に、アスマは黙って紫煙をくゆらせた。

 ふいに、3人の視線が交じり合う。

 この小屋へ近付く気配があった。
 それも、ここにはいないはずの馴染み深い者。

 しばらくして、黙りこんだ3人が見つめる板戸が、軽く叩かれる。

「なんだ?」

「伝令です」

 アスマの問いに、覚えのある声が返った。

 符丁で本当に味方であることを確認してから、出入り口に近いカカシが戸を引く。

 予想に違わず、うみのイルカが立っていた。

「イルカ先生が伝令でしたかー」

 機嫌よく出迎えたカカシは、他の2人の様子がおかしいと気付いた。

「ん? どったの、アスマ? ゲンマも」

「まさか、オメエが来るたぁなあ……」

 苦々しいうめくようなアスマの声にも、イルカはいつもと変わりなく接してくる。
 
「お久しぶりです、アスマさん、ゲンマさん、カカシさん」

 カカシが初めて部下とした下忍をアカデミーで指導していたイルカは、忍びらしくない──人間臭さくて誰からも好感の持たれる男だ。

 もちろん里では、アスマもゲンマも彼と親しくしている。
 それなのに、何故か嫌そうに顔をしかめるアスマとゲンマに軽く会釈をし、イルカが1通の書状を差し出す。

「ホムラ様からの命令書をお持ちしました」

「おう」

 アスマは受け取った書状を開いて白紙の紙面にチャクラを込める。
 墨痕も鮮やかにご意見番、水戸門ホムラの命令書が浮き上がった。

「東部国境海岸方面部隊はこの書状の到着より1両日中に敵を殲滅し、事後処理班1隊を残し至急帰還せよ。尚、伝令うみのイルカは右作戦に協力後、南部に展開する部隊へ合流のこと」

 一気に読み終えたアスマは書状を他の2人にも見せるように机へ放る。

「……だとよ」

「ちょっとちょっとっ! なによそれえー」

 まるで女学生のような口調でカカシが正直な不満を口にする。

「今まで手こまねいてたのに、急に殲滅なんて無茶デショ?」

「ああ、だからイルカを寄越したんだろうよ」
 
 カカシにアスマが答え、ゲンマもイルカを睨むような目で見ていた。

「イルカ先生、を?」

 イルカに対する2人の態度と、言葉の真意を図りかねてカカシは首を傾げる。

「ゲンマ、カカシ。部下どもに撤退準備させといてくれ」

 イルカと殲滅戦の策を練るとでもいうのか、アスマは2人を追い出してしまう。

 番屋を後にし、潜んでいる部下たちへ命令を伝えにいく道すがら、ゲンマはぽつりともらした。

「あーあ。カカシさんがいっから、イルカの顔は見ねえですむって思ってたんすけどねえ」

「あ? どゆこと? ゲンマ?」

 先程のカカシの疑問に答えるような物言いに、カカシは興味を示す。

「カカシさんにゃあ、殲滅戦はないっすよね」

「ああ」

 そう言われてカカシは自身の、年齢の割に長い戦歴をざっと思い返してみた。

 上層部の意向もあって忍本来の役割より、大規模で長期化した戦線にも最後の切り札的な投入をされていた。
 それに目立つ外見があいまって、必要以上に名が残ってしまっている。
 またその名を木ノ葉の里はうまく利用もしていたが、カカシは無用に狙われただけだった。

「それが、なによ?」
 
 過去を振り返ったことで、気分の下降したカカシは、ゲンマを睨む。

「昔、アイツの殲滅戦の処理に当たったんすけどねー」

 その視線に怯えるでもなく、だが言いにくそうに、ゲンマは咥えた楊枝を揺らめかせた。

「……忍者、やめよーかって、初めて本気で考えましたよ…」

「どーゆーこと?」

「そのまんまの意味っすよ」

 ゲンマはそれだけを言い、自分の隊の方へと去っていった。
 その後を追う事もできずに、カカシはしばし立ち尽くす。

 ゲンマが忍をやめようと本気で思ったという、イルカが加わった殲滅戦の戦後処理。
 自分で振っておきながらはぐらかしたのは、思い出すのも嫌なの程のことがあったのだろう。

「一体、なんなのよ」

 
【続く】
‡蛙娘。@iscreamman‡
[http://id54.fm-p.jp/120/iscreamman/]

WRITE:2005/03/01
UP DATE:2005/03/18(PC)
   2009/01/02(mobile)

 
ちいろの海

次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ