カカイル

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 近付いてくるのが、会いたい人間だと分かったからだ。

 相手が自分の姿を確認しただろう頃に、そちらを見た。
 そこに、彼が現れる。

「おはよーございます。イルカ先生」

 空はだいぶん明るくなってきているが、忍の目をもってしても分かるのは相手が誰であるかぐらい。

 その表情は薄闇に紛れてしまう。

 それでも、いつも見ている姿とは明らかに違い、カカシはわずかな驚きを押し隠す。

 まず普段なら結い上げている髪を解き、額当ての布で覆っていた。
 思っていたよりも短い髪は、肩に届くかどうか。
 それも切りそろえられてはおらず、後ろには長い部分もあるようだ。

 そして自分と同じように口布を上げて表情の出すぎる顔の下半分、きっとあの特徴的な傷をも隠してしまっている。

 身のこなしまで違っているように見えた。
 もし気配に気付かず、この姿だけをみたなら別人──敵だと、思ったかもしれない。

 こんな風に里の内外で姿を変えることは、珍しくはない。
 カカシとても多少姿を変えて任務につくことはあった。

 ただ、イルカがこうまでして任務に出てくることが、意外だった。
 
「へーえ。イルカ先生も任務出てたんだ……」

 ここ数年、火影と共に下忍への任務の割り振りに関わり、アカデミーで将来の忍びたちを育てているイルカ。
 それは彼が将来の木ノ葉の里の戦力予測という情報を持っていることに他ならない。

 第一、将来有望で多くの秘密を抱えた今年の新人下忍たちの殆どが彼の教え子だ。
 もし自分が敵ならば、貴重な情報源として放ってはおかない。

 やはり、これも3代目がいない影響か。

 そんな思考に耽っていたカカシを引き戻したのは、イルカのありえない言葉だった。

「……ああ。はたけカカシ、でしたね」

「は?」

「里の外でお会いするのは、初めてでしたか」

「……イルカ、先生……だーよね……」

 初対面からイルカに感じていた違和感を、カカシは今、はっきりと自覚した。

 自分の目の前に立つ男は、カカシの知るうみのイルカではない。
 だからと言って別人でも、ましてや幻術でもない。

 間違いなく、うみのイルカ本人。

 見慣れない仕草で口布を引き下げた男は、うみのイルカの顔で覚えの無い表情を見せた。
 薄明の元でも分かる程に不遜な、イルカの顔。
 
「私が、うみのイルカですよ。あなたがご存知の、イルカ先生とは微妙に違っているでしょうけれど……」

 意味ありげに強調される言葉に、カカシはようやく真実を垣間見た気がした。

 周囲の噂と本人との奇妙な違和感。

 自分だけが知覚したその正体を。

「どーゆーコト?」

 カカシは左手を所在なげに頭髪へ突っ込み、ばりばりと掻いた。

 イルカが頭部を覆っていた布を外すと、前髪がばさりと落ちてその表情を隠す。

 額宛ては口に咥え、手櫛で髪をまとめて紐で結い上げれば、いつものイルカの姿だ。

「どうもこうも、あなたがご覧になった通りのことです」

 額宛を締めてしまえば、先程までのイルカは表情の端にも残っていない。

「さ、こうしていて埒があきませんからね。そろそろ戻りましょうか」

 言って、里へと踏み出した1歩。

 その足の運びからして、先程までとは違っていた。

 隙の無い身のこなしをしていた見知らぬ忍ではない。

 カカシも良く知っている。

 いつもの……。

「イルカ、先生っ!」

 自分の横を通り抜けようとする、イルカの腕をカカシはとっさに掴んでいた。

「……カカシ、さん?」
 
 腕を強く引かれた勢いのままカカシに寄り添うような体勢になって、イルカはわずかに目線を上げる。

 近付いた顔には、驚きと諦めが浮かんで見えた。

「あの、オレ……オレは……」

 震える唇から、呟きのような弁解がもれる。

───ふたり、なんです

 
【続く】
‡蛙娘。@iscreamman‡
[http://id54.fm-p.jp/120/iscreamman/]

WRITE:2004/10/18
UP DATE:2004/10/18(PC)
   2009/01/28(mobile)

 
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