カカイル

□君に焦がれた僕が轟かす音は君に聴こえているか?
3ページ/4ページ



 A4程に引き伸ばされ、黒いアルミフレームに収められたその一枚こそ、カカシが今最も気にかけている曲の根源だった。

 先日、たまたま見かけた、たった1枚の写真から得たイメージ。

 真っ暗なステージに1人、ピンスポットを浴びて立つ、黒づくめの男。

 背景と同じ色なのでどれほどの長さがあるのかも分からないが、乱れた黒髪が殆どの表情を隠してしまっている。
 けれど、マイクに近づけた口元だけはかろうじて見えている。

 その、口元と衣装の胸元の肌の色だけが浮き出すような、1枚。

 それを曲に、そして詩にしようとしてもう何日経っただろうか。
 曲はなんとかまとまりつつある。
 だが歌詞が今ひとつ、乗らない。

「3代目に聞ーても教えてくんないのよねー」

 ぶすったれ、唇を突き出してみせるカカシヘ、男はそりゃあそうでしょうと事も無げに返す。

「そりゃあそうでしょう。よく、この写真の人と連絡取れないかって聞かれるんですけど……」

 そう言って指し示すのは、カウンターの横に掲げられた大きなポスター。

「でも、本人の意向があるから、ここじゃあ教えてませんからねえ」
 
 悪戯っぽく微笑むので、カカシは黙るしかない。

 ちょっと茶目っ気をだし、LIVE前に撮った写真をパソコンで処理して出力センターで1枚だけ作ったポスター。
 被写体は当然、作ったのもカカシ自身だ。

 それを面白がってここに張り出してくれたのは、3代目。
 何枚となく貼られた写真の1枚として。

 ただやはりサイズがサイズだったし、何よりモデルが人目を引いた。

 髪は染めたのでもなくプラチナブロンドで、カラーコンタクトも使っていないのに真紅の瞳。
 そして整った顔立ちには傷と、どこか人を食ったようなおどけた微笑。

 スタジオに来たバンド小僧どもの写メによって、この画像は瞬く間に巷へ流出した。

 そして次々とやってくる問い合わせ。

 単純にファンになったので活動を知りたいとか、モデルに使いたいとかやってみないかというなら分かる。

 ただ、音楽をやっていると分かれば、音を聞きもしないでメジャーデビューが持ちかけられる。
 あげく、売れたければどうこうという話になって、ついにキレた。

 これを張り出された3日目には、カカシはこの悪戯を悔やみ、3代目に泣きついた。もう、剥がしてくれと。
 
 しかし、3代目は取り合わず、いい薬じゃろうと鼻で笑ってくれやがったのだ。

 そして未だに、この1枚はこのスタジオにでんと鎮座増しましておられる。

「……あー、そうね……」

 嫌なことを色々と思い出し、カカシは不機嫌な顔で冷めかけたコーヒーをすすった。

「たださ、気になっちゃってねー」

 それでも諦め切れずに、ぼやく。

「もうあの写真が頭から離れなくって、あの人をイメージしてたら曲が溢れてきちゃってさー」

 聴いてみる?とプレイヤーを差し出す。

 何故かは分からない。
 けれどなんとなく、この男にこのメロディを聞かせたくなった。

 多分、さっき、頬を掻いた時に。
 そこに薄っすらと浮かんだ、鼻筋を跨ぐ真っ直ぐな傷を──あの写真の男にもある傷を、見た時に。

「いいんですか?」

「詩がまだうまく乗らなくって、どれもこれも中途半端なんだけど……」

 手渡したプレイヤーを手にイヤホンを耳にセットし、プレイボタンを押す。

 その僅かな動作に、酷く緊張していた。

 軽くリズムをとるように、時に指板を押さえるように動く指先。リフを口ずさむ口。
 
 
write by kaeruco。
[http://id54.fm-p.jp/120/iscreamman/]

次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ