カカイル
□君に焦がれた僕が轟かす音は君に聴こえているか?
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A4程に引き伸ばされ、黒いアルミフレームに収められたその一枚こそ、カカシが今最も気にかけている曲の根源だった。
先日、たまたま見かけた、たった1枚の写真から得たイメージ。
真っ暗なステージに1人、ピンスポットを浴びて立つ、黒づくめの男。
背景と同じ色なのでどれほどの長さがあるのかも分からないが、乱れた黒髪が殆どの表情を隠してしまっている。
けれど、マイクに近づけた口元だけはかろうじて見えている。
その、口元と衣装の胸元の肌の色だけが浮き出すような、1枚。
それを曲に、そして詩にしようとしてもう何日経っただろうか。
曲はなんとかまとまりつつある。
だが歌詞が今ひとつ、乗らない。
「3代目に聞ーても教えてくんないのよねー」
ぶすったれ、唇を突き出してみせるカカシヘ、男はそりゃあそうでしょうと事も無げに返す。
「そりゃあそうでしょう。よく、この写真の人と連絡取れないかって聞かれるんですけど……」
そう言って指し示すのは、カウンターの横に掲げられた大きなポスター。
「でも、本人の意向があるから、ここじゃあ教えてませんからねえ」
悪戯っぽく微笑むので、カカシは黙るしかない。
ちょっと茶目っ気をだし、LIVE前に撮った写真をパソコンで処理して出力センターで1枚だけ作ったポスター。
被写体は当然、作ったのもカカシ自身だ。
それを面白がってここに張り出してくれたのは、3代目。
何枚となく貼られた写真の1枚として。
ただやはりサイズがサイズだったし、何よりモデルが人目を引いた。
髪は染めたのでもなくプラチナブロンドで、カラーコンタクトも使っていないのに真紅の瞳。
そして整った顔立ちには傷と、どこか人を食ったようなおどけた微笑。
スタジオに来たバンド小僧どもの写メによって、この画像は瞬く間に巷へ流出した。
そして次々とやってくる問い合わせ。
単純にファンになったので活動を知りたいとか、モデルに使いたいとかやってみないかというなら分かる。
ただ、音楽をやっていると分かれば、音を聞きもしないでメジャーデビューが持ちかけられる。
あげく、売れたければどうこうという話になって、ついにキレた。
これを張り出された3日目には、カカシはこの悪戯を悔やみ、3代目に泣きついた。もう、剥がしてくれと。
しかし、3代目は取り合わず、いい薬じゃろうと鼻で笑ってくれやがったのだ。
そして未だに、この1枚はこのスタジオにでんと鎮座増しましておられる。
「……あー、そうね……」
嫌なことを色々と思い出し、カカシは不機嫌な顔で冷めかけたコーヒーをすすった。
「たださ、気になっちゃってねー」
それでも諦め切れずに、ぼやく。
「もうあの写真が頭から離れなくって、あの人をイメージしてたら曲が溢れてきちゃってさー」
聴いてみる?とプレイヤーを差し出す。
何故かは分からない。
けれどなんとなく、この男にこのメロディを聞かせたくなった。
多分、さっき、頬を掻いた時に。
そこに薄っすらと浮かんだ、鼻筋を跨ぐ真っ直ぐな傷を──あの写真の男にもある傷を、見た時に。
「いいんですか?」
「詩がまだうまく乗らなくって、どれもこれも中途半端なんだけど……」
手渡したプレイヤーを手にイヤホンを耳にセットし、プレイボタンを押す。
その僅かな動作に、酷く緊張していた。
軽くリズムをとるように、時に指板を押さえるように動く指先。リフを口ずさむ口。
write by kaeruco。
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