白い猫


 その日は小雨が降っていた。
 僕は仕事を終え、バス停近くの公園を歩いていた。
少しうつむき加減に傘をさして、僕は考えていた。
 同じような毎日にうんざりしていた。
(このままでいいのだろうか?このまま年を取っていくのだろうな、みんな同じだよな・・・。そうでもないか、いろんな人生があるのだから。毎日が楽しくてしかたのない人もいるのだろうな。)
今の生活に満足していない自分がいる。がんばれば自分はもっといろんな事ができるかもしれない。違う世界や生活を見ることができるのかもしれない。自信過剰?煩悩?
でも人間ってそんなものじゃないのかな。欲、イコール煩悩だとすればいろんな欲があったから現在の社会がある。そういった限りなく欲深い人間を戒めるために宗教があるのでは。
(あー、だんだんと難しく考える年齢になってきたな。特に目標もないくせに、こんなこと考えて。まぁ、健康でこんなこと考えられるだけ幸せなのかも。そのうち突然の出来事があったりして、未来はわからない。人生なにが起きても不思議はないよ。)

ふと辺りを見ると夜の10時だというのに深夜みたいな静けさだった。
バス通りを通る車の音もとぎれとぎれだった。
(ん? )
猫の泣き声のような?
「ニャーォ、ニャーォ、ニャーォ。」
(どこ?)
僕は鳴き声のする方を探した。
見た先は公園の境を作っている植木だった。泣き声は聞こえるが姿は見えなかった。
(やっぱり、ほうっておこう。見れば触りたくなるし、飼いたくもなる。)
無視するような感じで僕は歩き始めた。
すると車の近づく音が聞こえ、ベッドライトの光が近づいてきた。
僕はふと足を止め、通り過ぎるの待っていた。その時、ヘッドライトの光を横切る猫の姿が見えた、
(うぁ!)
その瞬間、体が硬直して頭の中では最悪のことを想定していた。
周囲の暗さとヘッドライトの明るさで運転手の表情はわからなかった。飛び出してきた猫に気が付いていたのだろうか。
急ブレーキを踏んでいないところをみると気づいてなかったのか。変わった様子もなく車は通り過ぎて行った。
(猫は大丈夫だったのかな?)
僕は猫か走っていった方を見た。
「ニャー・・・、ニャー・・・。」
 気になって近づいてみた。植木の茂みの中をのぞくと白い猫の姿が見えた。
その猫は首を振りながら周りを見回していた。
「おまえ、危なかったなー。」
僕はしゃがみこんで猫を見て言った。
僕の声が聞こえたのか猫は僕の方を見た。
さっきまでいろいろ考えていた事なんて忘れていた。ただ猫が事故に合わなかったという安堵感だけが僕にはあった。助かってよかったと思った。
僕は腕を伸ばして猫に近づいた。すると僕の指先に横顔を擦り付けてきた。ゴロゴロと猫の喉が鳴っているのがわかった。
「あー、怖かった」
突然、女の人の声が聞こえた。僕は辺りを見回したが誰もいない。
ふと、僕は猫の口の動きと声が一致しているように見えた。
「え!嘘?」思わず声に出した。
「何が嘘よ。話しているのは私よ。」
目の前にいる猫が話をしている状況に混乱している。猫が話しをするなんてありえない。
「何で、猫が話をするわけ?」
「猫同士、いつだって話をしているわ。人間に通じたのは初めてだけど。でもなんで通じるのかな。」
「それは俺が聞きたい。」
僕は背中に視線を感じて振り向いた。犬を連れたおばさんが僕を見ていた。一緒にいる犬は下を向いて匂いを嗅いでいる。僕が誰と話をしているのか不思議と思ったのだろうか。それはそうだろう、僕でもそう思う。猫と真剣に話てるなんて。あれ?あの人にはこの猫の話し声は聞こえないのだろうか。
しばらくするとおばさんは犬を連れて離れ始めた。
「ねえ、お腹へったよ。」
「はぁっ?」
動揺しているのか混乱しているのかよくわからなくなってきた。
猫と話をしている自分。どうなってんだ?
「家に行けば何か食べるものがあるかも。」
「じゃあ、ついていくわ。美味しいのある?」
「わからないけど、少しくらいは食べられものがあると思う。」
猫の口に合う食べ物があるかわからなかったけど、僕は家の方へ歩きだした。
僕の後ろを少し離れて付いてきている。猫の習性か、道の縁を歩いている。時々すれ違う車が不安でそのたびに猫を見た。歩いている間、話をしていないせいか、さっきまだ話をしていたことが嘘のようだった。夢だったのか?もう話さなかったりして。僕は試したくなった。
「もうすぐだよ。何が食べたいの?」
僕は猫を見ながら話した。
「肉か魚のどちらでもいいわ、ミルクも付けてね。」
(わ!)
やっぱり現実だ。
 部屋に入り、僕は着替えもしないで冷蔵を開けた。猫が食べるものなんて思い出せなかったからだ。冷蔵庫のドアを開くとすぐに牛乳のパックが目に入った。あとは食べ物を探そうと視線を冷蔵庫の中に向けた。
(猫って何を食べるのかな?猫=魚だけど・・・。)
食べられるものが思い浮かばなかった?見つけられなかった?僕はとりあえず皿に牛乳を入れて床の上に置いた。
「とりあえずこれを飲んでて。」
「えー。」
ぶつぶつ言いながらも、皿に顔をつけて飲み始めた。
「ちょっとコンビニに行ってくるから。」
コンビニでキャットフードを買ってこようと思って外に出た。
動物と接するなんてここ何年もなかった。子供の頃以来だと思う。小学生の時に猫を飼っていた。外で遊んでばかりいた僕には特にかわいがっていた思い出はないが一緒にいる時は自分自身が癒されていたような気がする。ペットってそんな存在なのかもしれない。仕事や勉強や、毎日の生活の中でいろんなことを忘れて、気持ちの落ち着く時間と環境をつくってくれるのかもしれない。子供の頃はそんなことは考えもしなかったけど。
(話をする猫?)
漫画や小説でしかないよ。自分の頬をつねってみた。
(痛い。)
とりあえず、猫のご飯を買ってこよう。

家に戻り、皿にキャットフードを入れた。
「どうぞ。」
「ありがとう。でも初めて食べるけどおいしいの?」
「知らないよ、食べたことないから。でもCMでは猫がおいしそうに食べてたよ。」
「ふーん」
少し匂いを嗅ぐと食べ始めた。
僕は食べている姿を見ていた。
「じっと見てないでよ。」
「あ、ゴメン。」
不思議そうに見ているのを嫌がっていた。
「僕も自分のことをしてくるよ、適当にしていて。」
なんかいつもと違う時間の過ごし方に戸惑っていた。とにかく自分のペースに戻さないと。
そう思い、僕はシャワーを浴びることにした。
(やれやれ、仕事も終わったしやっと落ち着ける。変わった猫がいるけど気にしないでおこう。)
シャワーを終えるとスウェット姿で冷蔵庫を開け、缶ビールを手に取った。
「うまいんだな、これが。」
つい口にしてしまう。ソファーに腰掛けテレビの電源を入れた。
ニュース番組にチャンネルを合わせた。
しばらくテレビを見ていると、ソファーの上に猫が飛び乗ってきて、僕の横で丸くなった。
ゴロゴロと喉を鳴らしている。眠いみたいだ。以前に聞いたことがある。猫はよく寝ているイメージがあるけど、名前の由来が寝る子からきてネコになったらしい。
 丸くなったネコの背中を僕は撫でてみた。ふさふさの真っ白な毛並みだ。
「名前は?」
「ユキって呼ばれることが多かったかな。」
「そう言われてみれば、わかるような気がする。雪みたいに真っ白だし。」
「今日はご飯を食べさせてくれてありがとう。もう眠いから寝るね。」
「いいえ、キャットフードしか思いつかなくてごめん。ゆっくり寝てください。」
「ありがとう。」
なんか穏やかで癒される感じがした。少し酔っているからかもしれない。
今日は話す猫との出会いが衝撃すぎて仕事の悩みなんか忘れていた。ペットを飼う人の気持ちがわかるような気がした。一人で暮らしていると自分のことばかり考えるからたいしたことでなくても深刻に考えることがある。
 テーブルの上のビールを手に取って飲んだ。飲み終えた僕はふとユキを見て思った。
(明日になったら居なくなってるとか、話さない普通の猫になってるとか。夢なのか現実なのか、不思議な出会いがあった一日だった。)
僕も疲れて眠くなってきた。ユキの頭をなでで言った。
「おやすみ。」
僕はソファーから立つと部屋の電気を消し寝室へと向かった。

それから数週間、僕は戸惑いながも話す猫のユキと過ごした。
それまで一人暮らしだった僕は、家に帰っても話し相手もいなかったからユキとの生活は家族ができたようなものだった。しかもペットなら話をしても一方通行の感じがするがユキの場合は話しをしても返ってくるから人と暮らしているようなものだった。
いつの間にか話す猫に戸惑いを感じなくなっていた。それどころか僕にとって大切な存在となっていた。
 ある夜、仕事を終え帰宅した。僕は仕事の人間関係に悩み疲れていた。どこにでもあることなのだろうけど、ジェネレーションギャップというか、年配の部下に困っていた。僕から見て考え方や行動が古い感じがして同僚たちとのコミュニケーションもとれてない。なんでこんに人が僕と一緒に仕事を、と思うことが度々あった。
その日も職場でのトラブルを抱えての帰宅だった。
「ただいま。」
玄関のドアを開けた。
「おかえりー。」
ユキが首輪の鈴を鳴らして近寄ってきた。
ゴロゴロと喉を鳴らしてズボンの裾のあたりを歩いていた。
僕はそのまま、まっすぐに冷蔵庫に向かってビールを手に取った。そしてソファーに腰掛けた。
「ハァー。」
一口飲んでおもわず口にした。
なんでこんな思いをして仕事をしなくちゃなにらない。
(もう辞めたいなー)
みんなこんな思いをして働いているのかな?仕事なんてこんなものなのかもしれない。どこで働いても同じだよな。
「何かあった?」
考えてる姿を見てかユキが話した。
「仕事の人間関係に疲れたよ。仕方のないことだろうけどね、いろんな年齢層がいて、いろんな考え方があって・・・。
「大変ね、仕事って。」
「生きてくためには仕方がないよ、でも仕事を選ぶことはできる。だから今のままでいいのかって。」
「悩んだりするのだったら、辞めちゃえば。」
ユキはあっさりと言った。
「でもね、また新しい職場で一から仕事を覚えていくのも大変なんだ。そんなことを考えると、どこへ行っても悩みは尽きないよ。」
僕は間を置いてユキを見て少し笑みを浮かべながら言った。
「猫はいいよねー。」
「失礼ね、猫だって大変なことはあるのよ。」
そう言うとソファーから飛び降り隣の部屋へと出て行った。
(嫌なこと言っちゃったかな?)
確かに猫と人間だから分かり合えるわけないよな。僕はユキと自分を区別して、猫だからと思って見下していた。自分でもわからないうちに、普段の生活の態度、ユキとの接し方に出ていたのだろう。
 数日後、帰宅した部屋にユキの姿はなかった。
「ただいま。」
返事は返ってこない。
「おーい。」
すべての部屋の電気をつけ、僕はユキを探し回った。
(いない・・・。)
窓を開け、ベランダに出た。この数日間のユキとの不和を考えた。性格の不一致?猫と人間で?ユキと過ごした時間を考えてみた。
 自己中心的で甘えていたのだろう。仕事の話をして、ユキから望む答えが返ってこないとすぐに猫だからと言っていた。考えてみればユキは僕のことを解かろうと努力してくれていた、嫌な話もずっと聞いてくれていた。結局僕は自分のことだけ考えて嫌なことはユキに押し付けていたのかもしれない。ユキの立場や視線で考えていなかった。
(ユキ・・・。)
 僕は慌てて外へ出た。辺りを見回しながら声を出した。
「ユキィー。」
他人が見るなら誰かを探しているのだと思う。まさか走りながら必死で探しているのが猫とは思わないだろう。ペットがいなくなってもこれほど必死になって探す人はいないと思うほどだった。額の汗を拭いながら探した。
(ハァ、ハァ・・・)
家の辺りを回り、僕はユキと出会った公園にたどり着いた。背中を曲げ膝に手をついて呼吸を整えた。
辺りを見回した。いつもと変わらない風景だった。近くの道路からは車の音、公園の草木からは虫の音。
(あの時は雨が降ってたよな。)
呼吸も整って、やっと落ち着いて考えることができた。腰に両手をあて一つ息を吐いた。
(考えてみれば僕のことが嫌になって出て行ったんだ。)
僕は公園のベンチに座り、煙草に火をつけた。
(どこに行ったのかな、もう帰ってこないのだろうか。)
空を見上げると町明かりの中にわずかな星が輝いていた。いままで一人暮らしで一人には慣れているのに、急に寂しさがこみ上げてきた。
(仕方ないか。)
諦めかけてる自分、未練が残る自分、まるでメトロノームのように行ったり来たりしている。ペットも家族だという気持ちがわかった。
(もう一度会いたい。)
煙草の火を消して家に向かって走り出した。
部屋に入りパソコンの電源を入れ、ユキの画像を探し迷いネコのチラシを作り始めた。デシタル画像を見ているとその瞬間が脳裏に浮かんだ。
(今、どこにいるのか?まさか、事故にあってないだろうか。)
だんだん悲観的なことばかりを考える。すると余計に心配になって落ち着かない。部屋の中は煙草の煙で充満していた。思い当たる特徴をとにかく書き込んだ。やっとの思いで仕上がった一枚をもってコピーをするために近所のコンビニへ走った。
コンビニの店内には多くの人がいた。普段なら人目を気にする僕なのに。周りの人なんて気にもしないで何枚もコピーをした。
その後、電柱など目に付きやすい場所にチラシを張りつづけた。
 部屋に戻ったときは深夜を過ぎていた。疲れた僕はベッドに倒れこんだ。
「ユキ、どこへ行ったんだよ。」
枕に顔をうずめ、そう口に出した後は覚えていなかった。

 それからというもの、僕は仕事の行き帰り、休日、時間があるごとに僕はユキを探し回った。近所の人には声をかけ、思いつくことを行動に移した。それでも見つからなかった。
相変わらず仕事が忙しい毎日が続き、ユキのいない生活に次第に慣れていった。
人は辛いことや嫌なことを忘れることができるから生きていけるのかもしれない。新しい毎日はやってくるのだから。
 ある日、僕はいつものように公園を通って家に帰ろうと歩いていた。すると数人の子供が僕の横を走りながら声を出した。
「猫が死んでて、気持ち悪かったな。」
「うん、早く帰ろうぜ。」
 その言葉に僕は驚き、焦りを感じた。
「ちょっと待って、君たち!」
その言葉に子供たちは立ち止まり、僕のほうを見た。
「今の話、どこで猫を見たのかな?」
子供たちはお互いの顔を見合っていた。突然で戸惑ったのだろう。その中の一人が指で示した。
「あそこの信号のところだよ。」
僕は信号の方を見て、もう一度聞いてみた。
「どんな猫だった?」
「暗くてよく見えなかったけど血が出でてた。」
「そっか、ありがとう。」
お礼を言うと僕は教えてくれた信号に向かって走った。
(ユキじゃないだろうな。)
交差点に着いて辺りを見回すと、道路の端に猫が倒れているのがわかった。車はそれを避けながら走っている。僕は少しずつ近づいていった。自分の心臓がドキドキいっているのがわかった。心のどこかで最悪な状況を感じていたのかもしれない。その猫の姿は確かに暗くてよくわからなかった。しかしときどき通る車のヘッドライトによって少しずつわかってきた。
白い姿の猫だった。
「ユキ!」
僕は声を出して近寄った。
心臓の鼓動を感じていた。大事なものを失う瞬間はこんな感じなのだろうか。恐怖というのか失望感というのか。
とにかく僕はアスファルトに横たわる猫を他に移そうと近寄り手に取った。
(ユキじゃない!)
白い毛並みの中、背中の一部に薄い茶色が入っていた。少し落ち着いた僕だったが、さっきまで元気に生きていた猫が一瞬にして命の火が消えた、その事実は変わらない。それが自分の飼っていた猫だろうが全く知らない猫であっても。
(かわいそうに。)
僕は公園の隅にその猫を埋めた。
その後、公園のベンチに座り煙草に火をつけた。大きく息を吸い、煙が漂った。
だいぶ時間が経っていた。辺りは静まり、行き交う人も少なくなっていた。煙を追って視線を向けると夜空に星が輝いていた。街と公園の灯りで少ししか見えなかった。
(いつ以来だろう、こんなふうに夜空を見るなんて。ずっと仕事ばかりで空を見上げることなんてなかったよな。子供の頃はよく見ていたのに。大人になって現実ばかりをみて、いつの間にか空を見る時間さえも失っていった。大人になると皆、同じなのかな?それが自然なのかな?子供の頃はありえない話に胸をときめかせ、好奇心いっぱいの時間を過ごしていて、今はどう?初めから頭で考え、良いことも悪いこともすぐに決め付けてしまう。あきらめながら時間を過ごしているような気がする。知識や経験と引き換えに夢や好奇心を失っているのかもしれない。ユキとの出会いや生活も大人になった僕だから素直に受け入れられなかったのかも。子供の僕であったなら楽しくて仕方がなかっただろう。)
僕は下を向き、顔を手で覆った。ときどき通る車の音だけ耳に入り、何も考えられなくなっていた。
そして、ユキへの思いが込み上げてくると涙で指が濡れていた。
しばらくするとコツコツと靴の音が聞こえてきた。僕と同じように公園を通って帰る人と思っていると、足音が自分の方に近づいてくることに気が付いた。そして、その足音は僕の右側で止まった。
(え!)
ベンチに腰を下ろし、背中を丸め、顔を手で覆っていた僕が足音の方を見ると白いハイヒールが目に入った。
(何?女性?)
僕は顔から手を離し、右側で立ち止まった人を見上げた。
「こんばんは。」
声のする方を見た。白いワンピース姿の女性が笑顔で立っていた。僕のことを知っているかのような感じだ。でも僕には誰だか判らなかった。
そんなことよりも、僕は流してした涙のせいで目が赤くなっていること気にしていた。
(きっと、みっともないだろうな。)
「こんばんは。」
僕はよくわからなかったが、答えた。誰?と聞きたかったが・・・。
その女性は少し屈むと膝に両手をあて、視線を同じ高さに合わせて笑顔で言った。
「ありがとう。私を心配して、探してくれて。」
僕はどういうことなのか考えようとした、その時。
(え?)
突然、その女性は両腕を僕の首に巻きつけ、その顔は僕の真横にあった。
僕は混乱していた。
「あのー、人違いじゃ」
「違ってなんかないよ。あなたが一生懸命に探してくれた、猫のユキだよ。」
「え?」
(こんなことって・・・。)
僕にとって探していた猫が、探していた人として今、目の前にいる。二人の接点が冷たい空気の中でとても暖かく感じた。寒い日が続いていた。顔を上げると白い雪が降り始めていた。
「ユキ、雪?」
僕はユキを抱きしめた。止まりかけていた涙があふれ出した。猫か人かなんてどうでもよかった。
「よかった、本当にユキなんだ。」
今までユキを探していて、もしまた会う事ができたのなら、伝えたいことがたくさんあった。でも僕の心の中から出てきた言葉は1つだった。
「一緒にいよう、ユキ。ずっとこれから。」
「うん。」
ユキは小さく僕の胸の中でうなずいた。
服に積もるような雪が降ってきた。きっとこれから積もるのだろう。すべてを白紙に戻すかのように雪は覆い尽くすだろう。もう一度初めからやり直せるように。
メールボックス
個人情報について



ブックマーク|教える
訪問者530人目
最終更新日 2013/02/17




©フォレストページ