時を越えて

□幕開けの夜
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――「運のない奴だな」


静かに刀を向けられ、少年の―少女の眼がその男を見つめる。


「――………」


スッと刀が静かに収められ、回りにいた同じ羽織りを着た者が驚きに目を見開く。

「あれ?いいんですか土方さん。この子さっきの――…」

浅黄色の羽織りを着た一人がそこまで口にした時だった。


――ひゅーーー……


効果音が付きそうなほど綺麗な直線を描いて、なにかが――…


ッドサ――!!


「……痛そうだね。大丈夫かな」

背中を打ち付け、声もなく悶絶するそれを視界にとらえながらかろうじて声を発したのは、一番組組長沖田総司。
もの珍しそうに、落下衝撃に悶絶しているその子供を覗き込んだ。
副長土方歳三は苦虫を噛み潰したような顔をし、三番組組長斎藤一は、相変わらず表情の変わらない顔をしていた。

「っつ…は…」

つらそうに暫く体を縮めていたその人らしき動物は、数回咳込みながらのろのろと体をもたげ地面に膝をつき座り込んだ。体の大きさからして、まだ子供と思われた。
うつむいていた顔を上げて乱れた髪を耳にかけ起き上がったその子供は、

「…大丈夫です」


その真雪の肌に、真っ赤な鮮血を散らせていた。
四人は思わず一様に固まり、落ちてきた子供を見つめる。
歳は――
十二くらいだろうか…
まだ幼児体型の身体と振るまいからみて、年端もいかないどころかただの子供であった。
そしてその瞳は、右目が金色に彩られていた。

「目が、金色…」

少女が思わず小さく呟き、男たちも息をのむ。
深い藍色の左目と、宝石のような、猫の瞳のような金色の右目。虹彩も瞳孔もあまり目立たないそれは、本当に石のようだった。
愁いを帯びたような左目と、光り輝くような右目。少年は、その瞳以外はまるで存在がないかのようにも感じられた。
年端もいかぬ、その不思議な――少年は、我関せずとも、気付いていないとも思えるような所作でぼんやりと虚空を見つめ、はたと気付いたように口を開いた。

「ここ……」
「っ、おい待て、お前のような子供が見るべきものでは……!」

後ろを振り返ったその少年を見て、慌てて斎藤が手を伸ばす、が――

「……………」

既に後ろを振り返った少年の瞳は、紅く染まった羽織りを映していた。

「……え…………」

信じられないというような目をする。
息を詰めるか。はたまた泣き叫ぶか。失神するか。
次起こりうる事態に男たちが身構えるより速く、その子供は素早く自分の身に何が起きているのかを悟った。

「――!!」

先程までの気怠さが嘘のように飛び起き、傍にいた沖田から間合いを取った。

「チッ…!」

土方は面倒そうに舌打ちし、刀を抜いた。

「おいクソガキ。逃げるんじゃねえぞ」
「どーしようかなー」

挑発するような笑みで土方を一瞥すると、遠目に死体に目を向けた。

「………新選組…」

呟かれた言葉に、沖田や斎藤も目を鋭くし、すぐにその少年に刀を向ける。

「動いちゃ駄目だよ?」

笑顔で刀を向けられた少年は、一瞬考えるそぶりをし、諦めたように笑った後はい、とご丁寧に返事までして両手を挙げて降参のポーズをした。
にっこりと向けられた笑みに怯えるでもなく平然としているのを見、一種の不気味さを覚える。
もう一人の少女とは比べものにならないほど落ち着いていた。

「っ…あの……!」
「こいつらの処分は帰ってから決める」

黒髪の男が言い、少女の手が引かれる。

「っ………」

少女の顔が青ざめていくのに対し、もう一人の――

少年の顔色は変わる気配が全くない。
男の一人が手を引きながら問い掛けた。

「君、いくつなの?見慣れない着物着てるし」
「さあ?いくつに見えます?」
「僕からは小さく見えるけど。それに君、死ぬの怖くないの?」

ニヤリと、得意の笑みと共に紡がれる死、の一言。
少年は同じようにニヤリと笑い返し、何でもないことのように答えた。


「痛いのは嫌です。でも、そうやって廻るんですよ」

さらりと言ってのけた少年を一瞥して、黒髪の男に視線をやる。
視線で感じとった黒髪の男は、少年を探るような目でちらりと見て、踵を返した。

こうして、物語の幕開けは終わりを告げた。


幕開けの夜

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