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□伸びた前髪に口づけを
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暖かい午後の日差しが降り注ぐ中、髪を切ることになった。
悩んだ結果、公園のベンチに腰かけた。ちょうど、木の影にあるベンチで、人もあまり通らない場所だった。ここなら、気兼なく散髪ができるだろうと座った。
肩にハンカチが当てられる。気休めだけど、髪が首筋につくのは防げるだろうから、と彼女が言った。ハンカチを肩にぴったりと張り付けるように、表面を何度が撫で擦る。布ごしに彼女の手の感触が伝わってきた。優しくあやされているようで思わず目頭が熱くなる。慌ててこみ上げそうになる感情を飲みこんだ。
うつ向き黙りこんだ私にむかって、大丈夫、弟たちの髪を切ったりして慣れているからと、春の日差しのように柔らかな声音で彼女が言った。そういえば、下に年の離れた兄弟がいると話していたことを思い出す。
どうやら、素人に切ってもらうことが不安で黙りこんでいると思われたようだ。申し訳ない気持ちで彼女を見上げた。

すると、彼女が柔らかい笑顔を見せる。よほど私は不安そうにしているらしい。少し無理をして私も笑ってみせたが、自分でも下手くそな笑い顔をしたのが分かった。すると、ますます彼女の笑顔が優しく揺らいだ。
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