短編小説

□愛のくらし
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 どんなに目の前でイチャつかれても。

 2人で過ごす時にノロケられても。

 男に媚びる仕草を嫌いになっても。

 私はソーコから離れられない。

 彼女を愛してるし、愛されたい。

 ソーコはぼんやりとした外見を裏切って、とても情熱的で貪欲な女だ。

 人を愛することにためらいやタブーはない。

 そして自分も同じだけ愛されようとする。

 ソーコにとって人生で目指すべきは世間一般で言う幸せなんかじゃなく、ただ愛し愛されることなんじゃないだろうかとさえ感じる。

 だからソーコにとっての安全パイは、世間体なんか気にしない私なのだ。

 でも朗が現れてしまった。

 法的にも、常識的にも、肉体的にも、なんの問題なくソーコと愛し合える男。

 彼女の正体を知らないおせっかいな親戚がお膳立てしたお見合いで、全然乗り気じゃなかったソーコと意気投合し、婚約にまでこぎつけた朗。

 さっきまでその朗が座っていたテーブルにはパスタプレートが3枚積み重なっている。

 私の作った夕食を、女達が食べきれなかった分まで、いつもきれいに片付けていく。
 
 私の作った夕食を、女達が食べきれなかった分まで、いつもきれいに片付けていく。

 お世辞でなく、本当にうまそうにたいらげていくあの食べっぷりだけは好きだ。

 ソーコと朗が1人の人間だったら、ソーコが男で朗みたいな食欲の持ち主だったら良かった。

 それか私が朗みたいな男だったら、ソーコは愛してくれたろうか。

 マッチョで下戸で甘党な男の私を想像して、涙が出そうになった。

「裕美ちゃん、どうしたの」

 ぼんやりしちゃって。

 ふうわりと背後からソーコの声とリースリングの香りがした。

 朗が帰ってすぐに開けたボトルが半分くらいまで減ってる。

 まだ私、飲んでないのに。

「なんでもない」

「嘘」

 一息でグラスを空け、ソーコはボトルを傾けながら上目遣いに私を見る。

「いっつも、私のこと注意する裕美ちゃんがお水出しっぱなしで、じぃっとお皿にらんでるなんて、絶対ヘン」

「考え事……、新しいお皿のデザイン、ちょっと思いついたのよ」

 ふうん、と納得できない様子のソーコからグラスを奪ってワインを飲む。

 よく冷えていておいしい。

グラスを返し、テーブルの上の皿を流しに浸けて水を止める。
 
 ごまかしたことは分かっているだろうか。

「あのね裕美ちゃん」

 来月、引っ越そうと思うの。

「急ね」

「前々からアキラさんとは相談してたの。黙ってたワケじゃあないのよ。最近、忙しそうにしてたし、大体決まってから話そうって思ってて……」

 すごく強い口調で、言い訳しなくていいわ、と言いそうになる。

 口をつぐむとその分、お皿をこする手に力が入った。

「駅向こうにいい部屋があったから、裕美ちゃんとも相談して、決めちゃおうって。今日、アキラさんとも話したの」

 ここの駅からなら朗の会社へも便が良い。

 いつか冗談とも思えぬ表情で、ここから通いたい、なんて言っていたはずだ。

 本当は私が入れ替わるだけでもいいのだが、流石のソーコも恋人と5年も暮らした部屋で別の男と新婚生活を始めるのは気が引けたりするのだろうか。

 そして私も、1人でこの部屋の家賃を払いつづけるのは無理。

 もって3ヶ月。

 その間に新しい部屋を見つけて移らないとダメだ。

 もうお別れ。

 私とソーコの愛の暮らしは、これでおしまい。

「もっと早く言ってくれれば良かったのに」
 


 
up date:2009/01/06
write by Hamada.M.《蛙女屋携帯書庫》
(http://id54.fm-p.jp/133/ameya385/)

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