短編小説
□愛のくらし
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それから人差し指、中指、薬指。
そこで手が止まる。
爪じゃなく、ゆるゆるのリングに触れてみる。
細いシルバーの台にブラックオニキスのハートが二つ並んではまってる、安いトゥリング。
これはあの一言にすっかり参ってしまって、目の前にあったアクセサリーショップに裕美ちゃんを連れ込んで買ったもの。
2人お揃いで。
買ってすぐ、手近なトイレに駆け込んだのを覚えてる。
我慢の利かないガキみたいに、お互い足を絡めるように立ったままサンダルとストッキングを剥いで、それぞれの左足薬指にはめあった。
あまりにも性急でベタな、夢もロマンもない状況。
けれど、私たちにとってはこの上もなく幸せで神聖な瞬間だった。
あれから五年。
相変わらず私たちの左足薬指には揃いのリングがある。
そして私と朗さんの左手薬指には、もっとシンプルだけど値の張るシルバーリングが輝いてる。
裕美ちゃんを怒らせたのは、これ。
それと、ここまでの経緯なんじゃないだろうか。
この指輪は、私が朗さんにねだった。
昨日、仕事が終わってから新宿で待ち合わせ、3人──裕美ちゃんと朗さんと私で食事をした。
そこで、食後のコーヒーを飲んでる時に。
「そろそろマリッジリング欲しいな」
言った数秒後に、朗さんの手がビロードの小箱をテーブルの上に出していた。
ずっと前から用意してたの、知ってるのよ。
だから今日、こういう機会を作ったの。
それが通じてて、すごく嬉しかった。
でも裕美ちゃんはあの言葉の瞬間に、見事なくらいにすとんと表情が消えてた。
うろうろと2人を視線で何度もの確認しながら、たっぷり5分は口ごもって、最後に店を出て行ってしまった。
それはそれは優雅に、何事もなかったみたいに。
そして結局、一言も何も言わずに。
それから、意外というかマヌケと言うか、裕美ちゃんは3人の家にちゃんと帰ってきていた。
1人でラムコーク飲んで、酔っ払って。
あれから1日。
ずっとこんな調子。
「困ったチャンねえ」
独り言。
ただし、隣の部屋まで聞こえる声で。
「何か言ってくれなきゃ、何にも分かんないのにねえ」
嘘。
大嘘。
なんて嘘つきなんだろ、私って。
裕美ちゃんがどう思ったかなんて、なに考えてるかなんて、ちゃんと分かってる。
知ってる。
おめでとうとも嫌だとも言ってくれないのは、気持ちがどっちもでどっちでもないから。
私と朗さんが法的に結婚するのが嫌で、嬉しいだけ。
祝福しながら嫉妬してくれる。
裕美ちゃんってば、なんて可愛いことを。
「裕美ちゃんも朗さんに首輪でも贈ればー」
やけっぱちに無責任な一言。
あ、ハードメタル止まった。
ちょっと遠くで乱暴にドアが開いて、2人分の慌てた足音が近付いてくる。
部屋の前で止まる。
もうすぐドアが開く。
1日振りね。
きっとイジワルそうな嬉しげな裕美ちゃんと、困惑と嬉しさの混じった複雑な朗さんの顔が見れる。
「ソーコ! 明日買い物付き合って!」
「ちょっと、裕美さん! 本気なのっ! ねえ、ソウコちゃん!」
ずっと3人でいられる約束だったら。
「いいわよ」
とりあえず、明日はペットショップに行こうね。
【了】
濱田都《蛙女屋携帯書庫》
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初出:2004/09/30(書下ろし)
最終更新:2009/01/06