お題

□100のお題:1〜10
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文字書きさんへの
100のお題

001:クレヨン



 もうすぐ夜が明ける。

 部屋の中は真っ暗で、カーテンの隙間から見える空は白々しい。

 リビングにはコタツの天板よりも大きな画用紙が広げられていて、その周りには百円ショップで買ったクレヨンにマーカー、絵の具チューブや筆が散乱している。

 ゆうべ、会社で不要になった紙を何枚も持って帰ってきて、2人で落書きをすることにした。

 子供の頃みたいに。

 思いつくまま、好きに、自由に。

 だけど、いざ真っ白な紙を目の前にして、彼女は途方にくれていた。

 描きたいものは何も思い浮かばないと言い、掴んでいたクレヨンも白だった。

 一晩経っても紙は真っ白なままで、2人ともこの遊びを思いついた時の、うきうきした気持ちはすっかり消えうせていた。

 気付くと、彼女はリビングを見渡しながら、手にしていたクレヨンを口へ持っていこうとしている。

「ゆみ!」

 声を掛けたが一瞬遅く、白いクレヨンは噛み砕かれていた。

「……これ、おいしくない」
 
「当たり前だろ、食ってないよね。ウガイしてこい」

 とっさに吐き出されたクレヨンのかけらを集めながら、台所でおざなりに口をゆすいでいる彼女に、牛乳を飲んでおくよう勧める。

 異物誤飲の対処法に確かそんなことが書いてあったはずだ。

「飲み込んじゃいないだろうけど、念のためな」

 ゆみはあまり好きでもない牛乳をちびちびとなめるように飲みながら、笑った。

「白いクレヨンって甘そうなのに、苦かったよ」

「そうかぁ。オレにはどれもまずそうに見えるけどなぁ」

「そぉお。でも、オレンジとかピンクとかはお菓子みたいじゃなぁい」

「う〜ん、どうかなぁ」

 苦笑まじりに言葉を交わしながら、彼女は右手親指の爪を噛んでいる。

 いらついているのだ。

 さっきもタバコを吸おうとして、目でライターを探しながら、無意識のうちに手近なクレヨンをくわえてしまったんだろう。

 オレの声に驚いて、うっかり噛み砕いてしまったのかもしれない。

 鳥のさえずりと、新聞配達のバイクの音が聞こえる。

「ゆみ、眠くないか」

「うん、平気。光也は」

「ちょっと眠いかな」

 わざとあくびをかみ殺したような声で答える。
 

 
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